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CLOSING THE RING
2007年/イギリス・カナダ・アメリカ/118分 監督: リチャード・アッテンボロー アメリカ・ノースカロライナの片田舎とアイルランド・ベルファストを舞台に、1941年とその50年後1991年の二つの時代が交錯する物語。 1944年、第二次大戦下の北アイルランド上空を飛行中のアメリカ軍B17爆撃機が濃霧で方向感覚を失いベルファストのケーヴ・ヒルに墜落。10人の若いアメリカ兵が亡くなり、それから50年後、墜落現場で航空兵の一人がつけていた結婚指輪が発見されるというニュースが報じられ、このニュースから脚本家ピーター・ウッドワードがこの物語が生れたのだそうだ。 いかにもと思わせる邦題と、それに輪を掛けたような悲劇のラブストーリー的な予告編に観る気は起こらなかった映画。でも映画を観た友人から「良かったわ。」って感想を聞いていた。先日、WOWOW放映で本作を鑑賞して、メロドラマ的な邦題をつけるなんて!と思ってしまったほど。 1941年第二次大戦前夜のアメリカ。 テッド、ジャック、チャックの3人は士官学校航空隊の親友同士。エセルはそんな彼らのマドンナ的存在だった。そしてエセルが愛したのはテッド。一生愛し続けると固く誓い合ったテッドとエセル。エセルは出兵するテッドに愛の誓いとして自分の名前を彫った指輪を贈る。 ジャックもチャックも密かにエセルを愛していることを知っているテッドは共に出兵するジャックとチャックに、もしも自分が死んだら残った者が自分の代わりにエセルを守ってくれと、3人は男同士の固い約束を交わす。 爆撃機を操縦していたテッドはアイルランド・べスファルト上空で墜落し機体は爆破し還らぬ人に。そしてジャックとチャックは生きて戦地から帰還した。 原題「CLOSING THE RING」 指輪に込めた誓い。 約束はずっと心の中に生き続けるという重さを描いた作品だろう。 一生愛し続けると誓い合った男と女の固い約束。そして一人の女性を守ると誓い合った男同士の固い約束。 戦争に行く前に誓い合った約束が、約束した相手が死んだ為に、残された者たちはその約束に縛られ、指輪が見つかる50年間もの間、苦しみ続けたともいえるだろう。 ![]() テッドは死んだという言葉だけで、残されたエセルはテッドの死を受け入れられず、「私の人生は21歳で死んだのよ。」というエセルはテッドの死に泣くことすら出来ない人間になってしまった。エセルはテッドと約束した愛を固辞し続けることで、喪失の苦痛を耐えたのだろう。 僕が死んだら僕の変わりにエセルを守ってくれとテッドと約束したチャックの愛を、エセルは10年間拒み続け、その5年後に娘が生れても母としての愛も、妻としてチャックを愛することも出来ないまま、50年後チャックもこの世を去った。男同士の約束を一言もエセルに言わず守り抜き。それはチャックにとっては生きて還ってきた者の贖罪でもあったのだろうか。彼なりのエセルへの愛の形だったのだろうか。 父や母の若い時を知らぬチャックとの間に生れた娘マリーは、父の死に涙も見せず淡々としている母エセルを「冷淡な女」と激しく詰る。 ジャックは、戦地でエセルとのことでテッドと言い争い格闘から足を骨折。そのためにテッドの操縦する機に同乗できず、代わりに新米兵士が乗り込んだ為に起きた墜落事故だった。 友が死に、自分は今も生きているという罪の意識は、戦争を味わった人間しか分かり合えない痛みだろう。エセルを愛していることも自分の中に封印してしまい、戦争が終った後3度も離婚しているジャックもまた、テッドと交わした約束に縛られ続けた人生を送った人間といえるだろう。 アイルランド・べスファルトでは、爆撃機の墜落現場を50年間掘り続けている一人の男がいた。墜落現場で瀕死のテッドから指輪とエセルへの伝言を託され約束した男だった。 直後の爆発で指輪を受け取り損ねた彼もまた、死んだ兵士と交わした約束を実行できない重さを抱えながら50年間指輪を探し続けていた。 ジャックの息子は50年前の約束に囚われ続けているエセルとジャックに「あの時、若かったんだ…」という言葉を口にする。 50年という時間が長いか 短いか。 人の心に物差しがあるとすれば、それは長さではなくて、深さや重さだろう。 約束に誠実さと純粋さで応えようとする友情であり愛情。 戦地に赴くという、死ぬかもしれないという思いで交わしあった約束だからこそ、そこには人生の重さがつきまとう。 「エセル。自由に生きろ。」 50年後に墜落現場から指輪が見つかり、アイルランドに行ったエセルは、男の口からテッドの最期の言葉を聞き立ち上がり歩き出す。歩いている間に彼女の内で凍りついていたものがゆっくりと溶けていっただろう。 丘の上で肩を震わせるエセル。 「私、どうしたのかしら?」 「エセル。君は泣いているんだよ。」 後を追ってきたジャックの目にも涙が滲んでいた。 テッドが死んでから泣けなかった人生を生きてきた二人が、涙を流しながら互いを求めて手を差し出す姿には、思わず涙が溢れてきた。 指輪が見つかったことをきっかけに、噴出した過去と向き合おうとエセルはアイルランドを訪れるのだけれど、エセルがテッドのほかに誰かに手を差し出せるようになるには、やはり50年という歳月もまた必要だったのかもしれないとも思う。 彼らのマドンナだった若き日のエセルを演じたミーシャ・バートンのはつらつとした若さと美貌の50年後がシャーリー・マクレーンというキャスティング、そしてそのマクレーンをクリストファー・プラマー演じるジャックが50年間も思い続けていたという設定もピンとこなかったところもあったけれど、テッドの死から泣くことも感情を出すことも忘れ、頑なにテッドの愛に閉じこもり、夫も娘にも愛を示さず、誰かにすがることもせず、喪失感だけを抱えて生きてきたエセルが生きてきた人生を思うと、そしてラストの涙を流すシーンを見ると、これはやはりシャーリー・マクレーンだわと納得。本作はまた、生残ったジャックの苦悩に、そしてアイルランド内戦の火種が50年以上たっても今もなお燃え続けているアイルランドの現実に、戦争の痛み、傷跡、戦争の記憶といったものは50年で風化してしまうものではないということ、戦争が続く限りエセルやジャックたちが味わう同じような哀しみが続いていくことも物語っているだろう。 本作は、ジョー・ライト監督の「つぐない」公開の後に続いて劇場公開された作品だった。 人間の内面を格調高く、さすが正統的英国映画と思わせてくれた「つぐない」の感動が冷めやらぬ私には、メロドラマ的な邦題の本作で、この感動は汚されたくないなって躊躇う気持ちもあって劇場鑑賞はスルーした作品でもあった。 しかし本作の監督もイングランド・ケンブリッジ出身の映画監督・映画プロデューサー・俳優であるリチャード・アッテンボロー。 約束が重いのは、その人が約束に誠実であろうとするからだろう。 そこに人としての品位を感じる。 約束の重さ、罪の意識、喪失感といった生きる重さが、物語が進むにしたがって、それは人間の誠実さ、思いやり、痛みや悲しみを分かち合おうとする共感、包容力といった人としての優しさへと繋がっていき、そして人が人を求めあう愛が悲しみを溶かし生きる喜びのラストへと誘っていく。 「約束」をテーマに、作品の隅々にまで人間としての品位が描かれた作品だと思う。 そして演じる役者陣たちが作品に一層の味わい深さを与え、作品そのものにも品位を感じる。 こんな作品を観ると、さすが英国テイストだわって思う。 リチャード・アッテンボロー監督は、スマトラ沖地震で娘と孫を亡くされたそうだ。その喪失の悲しみは時間が経っても癒えることはなく、前向きに生きる事で乗越えることが出来たそうだ。とりわけラストのエセルとジャックの姿、空を自由に飛ぶ鳥の姿にはそんな監督の思いも込められているのだろう。
by mchouette
| 2009-06-27 00:00
| ■映画
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