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SHE'S SO LOVELY
1997年/アメリカ・フランス/96分 監督: ニック・カサヴェテス 初めて本作を観たときは、ショーン・ペンとロビン・ライト・ペン演じるエディとモーリーンのアル中と暴力まみれの無軌道でイカレぶりに口をあんぐりとさせられ、ラストでモーリーンがとった選択にも正直いって戸惑ってしまった。 でも見直すと、台詞の一つ一つからも、エディとモーリーンの愛の軌跡を描いていて、「愛」だけにクローズアップさせて描いた作品なんだなって思え、見るほどに愛しさが増してくる。 エディの台詞の一つ一つから、エディがモーリーンに思っていることは、モーリーンが幸せかどうかってことだって伝わってくる。その思いがエディの場合、過激で強烈過ぎること。それはモーリーンも同じで、一時たりともエディがいなければ不安になって、不安からアルコールを浴びて、酔っ払ってエディを探し回る。 エディとモーリーンはずっとお互いしか見つめていなくって、若かった2人には愛しか見えなくって、エディがモーリーンを見るときの優しさにみちた眼差し。 精神病院に10年間収容されたエディ。 10年という歳月がエディとモーリーンの2人を隔ててしまった。 モーリーンはエディの子供を身ごもっていて、エディのいない寂しさからアルコールと薬物中毒のどん底の生活で、そんな彼女を救ったのがジョーイ(ジョン・トラヴォルタ)。エディと離婚しジョーイと結婚したモーリーンは、エディとの子供ジーニーに次いでジョーイとの間に2人の娘も生まれ、幸せな家庭生活を送っていた。 10年前の彼らは、自分自身に不安だらけだったから、愛してるんだけれど、「愛」に対して不安だらけだった。互いの愛を片時も確かめあわないと不安で生きていられなかった。 ジョーイが連れてきた9歳になった娘を前にしても、エディにとっては10年という時間の経過はなくって、退院したら入院前のようにモーリーンと暮らすことだけだった。 あなたは好きだけど、エディを愛しているの。彼が入院してからずっと彼を思い続けていたわ。モーリーンはジョーイに泣きながら訴える。 ![]() 10年たってエディはとってもいい台詞を口にしている。 「モーリーンは俺の妻だ。娘たちにも彼女は必要だ。この家庭はモーリーンを軸に回っているんだ。」モーリーンの所有権を主張するジョーイ。 「俺やお前に対する愛よりもか?」 ジョーイの言葉を不思議そうに訊ねるエディ。 愛でモーリーンを縛りつけようとするジョーイと、モーリーンの愛だけを見つめ、モーリーンの愛だけを求めているエディ。 「俺はお前と結婚したんじゃない。お前のママと結婚したんだ。これは俺とお前のママの問題なんだ。」ジョーイとエディの言い争いに口を挟もうとするジーニーをそういって制止させるエディ。 こんな台詞は「子は鎹」という言葉のある日本人の感覚とは違うところだろう。 「お前のパパになるには遅すぎるんだ。友だちならなれる。」 「一番の友だちにするわ。」 「一番の友だちは大勢できる。二番目でいい。二番目は一人きりだ。」 9歳の娘と交わすこんな会話も泣けてくる。 モーリーンがエディを選んだのも、エディの入院でブッチ切れた形で自分の中で宙ぶらりんになってしまったエディの愛、そして自分自身を取戻すためだったんだろう。そんな風に思う。 エディのモーリーンを見つめる眼差しは10年前とちっとも変わらない優しさに満ちていて、そんなエディをみつめるモーリーンにも10年前の不安はなくって、互いの愛を確認したもの同士の静かで落ちついた眼差しになっていた。 ![]() この映画は、ジョン・カサヴェテスが生前に執筆していた脚本で、彼が開いた朗読会でカサヴェテスがショーン・ペンに渡したのが本作『シーズ・ソー・ラヴリー』。この脚本を読んで感動したペンは主役を演じたいと申し出たものの、資金は集まらず、カサヴェテスの病気も進行し、別の監督に託すも資金のめどが立たず、カサヴェテスが逝去。映画化権を継承したショーン自らが監督、主演で実現しようと考えたがこれも実現しなかった。そして映画の権利はショーン・ペンからジョン・カサヴェテスの長男ニック・カサヴェテスに移り、映画制作の資金は、製作者ルネ・クレイマンとフランスのスター俳優ジェラール・ドパルデュー、そしてショーン自身、企画に賛同したジョン・トラヴォルタらが出資して映画化が実現したという、長い道のりを経ている。 モーリーンを演じたロビン・ライト・ペン。 今観たら「ロビン・ライト・ペン?」って思ってしまうほど、前半のアル中でイカれた2人の時のロビンは、最近の優雅な彼女からかけ離れていて驚いてしまう。体当たり演技ってところでしょうか。 ここでもショーン・ペン、いい演技している。 なんといってもモーリーンを見つめるときの眼は究極の優しさ。 1997年第50回カンヌ国際映画祭で、ショーン・ペンは本作で主演男優賞を受賞。 2人の変わらぬ友人ショーティを演じたハリー・ディーン・スタントンがいい味を添えているし、エディのカウンセラーでジーナ・ローランズの場面は映像がぐっと引き締まってみえる。 エディと出て行くモーリーンを拳銃をもって追いかけてきたジョーイと取っ組み合ってエディは言う。 「あいつはお前のことも俺のことも愛しちゃいないんだ。あいつは夢の中の女なんだ。」 モーリーンを愛するエディは、その愛を求めるけれど、その愛でモーリーンを縛りつけようとしない。モーリーンはいつだって自由なんだ。 こんな風に人を愛せる人間って滅多にいないよな。 カサヴェテスは究極の愛を描こうとしたんだろうなって思う。 こんな究極の愛を、表層的とも思えるほどに軽やかなタッチで描いている本作を初めて観たときは、カサヴェテスだったらって目でニック監督のこの作品を観ていたところもあったけど、カサヴェテスのDNAを当たり前のように受け継いだニックなら、こんな愛の形もけっして特別ではなくって、だから愛の寓話的な感覚で描けたんだろうなって思う。
by mChouette
| 2009-06-07 00:00
| ■映画
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