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1939年ヒトラーはポーランドに侵攻し、第二次大戦が勃発した。 CONSPIRACY 2001年/アメリカ・イギリス/96分 監督: フランク・ピアソン 1942年1月20日 ベルリン郊外ヴァンゼー湖畔の邸宅にて行われたヴァンゼー会議。 ナチス=ドイツによるユダヤ人絶滅作戦を決定した、あのヴァンゼー会議を、「推定無罪」の脚本を執筆したフランク・ピアソン監督によりテレビ映画として製作された作品。 WOWOW放映で本作を観て以来、病みつきみたいに嵌ってしまい、DVDが出ているというのでレンタルして観て、そして今回ブログ始めてから鑑賞の3回目となる。 内容が内容だけにこんな感想は顰蹙を買うだろうけれど、観るたびにいろんな面で上手いなぁと唸ってしまう。 早くこの作品の感想をあげたくって、だから必死なってケイブルホーグ・コレクションで観た映画感想をあげていた。いい加減なクセして、こっちを横においては次にいけないという妙な律儀さもあるし、熱しやすく冷めやすい質だから、書きたい虫が寝てしまわない間にと焦ってしまう……。 ……………………………………………………………………………………………………………… 大邸宅の一室。……………………………………………………………………………………………………………… ヴァンゼー会議の全貌を描いたこの96分のドラマのなかで、ヨーロッパにおけるユダヤ人の置かれた状況、ナチス・ドイツによるユダヤ人排斥の恐るべき実態、ナチス・ドイツ内部のSS主導の実態、そして具体的な数字で語られるホロコーストの実態が生々しく浮かび上がり、さらには召集された15人それぞれの人物像が会議の発言や行動、反応を通して見事に描き出されていて、本作の脚本の上手さには瞠目する。 そして本会議の議長を務めるラインハルト・ハイドリヒ(ケネス・ブラナー)の、自由に意見をといいながら、既に決定づけられている地点に向う道筋を次第にくっきりと見せつけていきながら、反対分子を封じ込め、全員合意で完璧に着地させる、実に見事というほかない会議のイニシアチブの取り方、仕切り方。 会議とはかようにして進めていくものべきものかと、その見事な飴と鞭の使い方、斬り捨て方にただ、ただ感心するばかり。 あまり好きではないケネス・プラナーだが、この時ばかりは役者としての彼の卓抜した技量をとくと拝見させてもらった。 ケネス・ブラナーが演じたラインハルト・ハイドリヒはSS長官ヒムラーの右腕で、20世紀の生んだ比類のない恐ろしい人間で、冷酷無情という点では、その右に出る者がいなかったと言われている。後継者だったアイヒマンでさえ「ナチ・ゲシュタポの中で、ハイドリヒ以上の冷血犬はいなかった」と言わしめるほどだった。 そしてその傍らで補佐役として仕えるナチス親衛隊アドルフ=アイヒマン中佐(スタンリー=トゥッチ)のこれまた見事というほかない黒子的動き。 演じているスタンリー=トゥッチは「ロード・トゥ・パーディション」(2002)ではカポネ逮捕後のシカゴ・マフィアを牛耳るフランクを演じていた人。 アイヒマンは実際にはヴァンゼー会議では議事録作成担当として出席し、この後、親衛隊中佐に昇進している。アイヒマンは本作の会議の動きから分かるように、実に忠実なる歯車としてユダヤ人抹殺という任務を遂行していった人間といえる。戦後のアイヒマンの裁判において彼は法廷で「一人の死は悲劇だが、集団の死は統計上の数字に過ぎない」という言葉を残している。ハイドリヒとアイヒマンの完璧なまでの連携によって、ユダヤ人抹殺へと会議が向かっていくその驚愕すべき過程を、これほど生々しく、具に描いた映画はないのではないだろうか。 一つの民族の抹殺が、瀟洒な邸宅の一室で、資料の数字によって語られ、決定づけられるということ自体が怖ろしい。 召集された官僚たちのほとんどは会議目的を知らされずに召集を受けた者たち。 それぞれに総統の命をうけ任に当たっていると自負し、その任務の実権は我が手にと自認する者も多い。そんな官僚たちもユダヤ人抹殺という決定のみならず、内閣も政党も骨抜きで実権はヒトラー直轄のSSが握っているという事実をこの会議で思い知らされていく。これこそがナチス・ドイツの独裁政治の恐るべき実態だろう。 脚本の見事さ、演出の巧みさ、そして演じる役者たちの上手さ、そしてナチス・ドイツの陰りを表すかのような青みがかり深閑とした雪景色を映し出した映像の美しさが、かくも恐ろしい会議の全貌、ナチス・ドイツの実態、閣僚たちのそれぞれの内面を見事なまでに描きあげている。 そしてエンディングでは、集まった閣僚たち全員の最期が語られていく。 観終わった後は、ハイドリヒの見事なまでの議事進行手腕に感心すると同時に、凄いものを見せつけられたという重さがずしんと響いてくる。 全米監督協会賞・全米脚本家協会賞・エミー賞主演男優賞/脚本賞・ゴールデングローブ賞助演男優賞など、全米の各賞を受賞。 ![]() アメリカの調査によりドイツ外務省の書庫で発見されたマルティン=ルター外務次官の記録によって明らかになったこの会議に集められたメンバーは、 ■ラインハルト=ハイドリヒ(ケネス=ブラナー): 無意味にユダヤ人を増やすだけだ一切の例外は認めないとするハイドリヒに対し、ニュルンベルグ法策定者であるストゥッカート博士演じるコリン・ファースが怒りに震えながら熱弁をふるうシーンも必見だろう。しかし断種がユダヤ人を排除する最適な方法だという博士の見解も、結果的にはユダヤ人抹殺に繋がるもので、これもまた怖ろしい。 人は法によって律せられると論じ、どこまでも法に忠実たらんとするストゥッカート博士。彼の論じるユダヤ人についての見解は非常に興味深い。コリン・ファースは「アナザー・カントリー」でガチガチのコミュニスト青年チャドを演じていて、彼はこういうキャラなのだろう。このストゥッカート博士の力説を聞いていたハイドリヒは、シニカルに笑い一言「君の意見だ。」とずばりと斬り捨てる。 そしてにこやかな顔で休憩を設けたハイドリヒはストゥッカート博士を別室に呼び、「SSは早急に非協力者リストを作成し、国家の敵と見なすだろう。決心したまえ。」と促す。穏やかな口調ながら内容は恫喝だ。 2時間弱の会議の途中で、ハイドリヒは実にたくみに休憩を設ける。この休憩でもハイドリヒ、アイヒマンさらにゲシュタボ署長ミュラーたちは策動する。出席者の言動に注視し敵味方を嗅ぎ分けピンポイントで各人に応じたアプローチをかけ巧妙に懐柔していく。 ストゥッカート博士以上に、この会議に衝撃を受けたのは、ヒトラーから任命されユダヤ人問題を担当していた内閣官房のウィルヘルム=クリツィンガー博士だろう。 「ゲーリング閣下から増え続けるユダヤ人問題について然るべき解決策を探るように指示された。」と会議目的を語るハイドリッヒに向かって、「私は聞いてない。」と茫然とした面持ちで意義を唱える。 「(会議目的は)今、話している。会議資料は?」と至極当然の如くに答えるハイドリッヒ。アイヒマンが博士の資料に抜けがないことを慇懃にも確認しにいく。 以降、博士が口を挟もうとする度に「それは後から」「この次に」と封じ込められていく。 「ドイツのみならずヨーロッパ全土からユダヤ人を一掃するための方策を話し合いたい。 これからは移民にとってかわるのは退去だ。」 「退去」という言葉でユダヤ人処理を語っていくハイドリヒに、一人が質問する。誰もが知りたがっていることだ。 「私はリガで3万人のユダヤ人を射殺”排除”した。これも”退去”と呼ぶのか? ”退去”の言葉の定義を知りたい。」 「私個人としてはそれも”退去”だ。」有無を言わさぬ強さで断言するハイドリヒ。 重苦しい沈黙が漂う。 「私が内閣から受けた指示とは違う! 全ヨーロッパから抹殺とは! 総統は私にその可能性を否定された。」内閣官房のクリツィンガー博士は思わず叫ぶ。 「だから”退去”なのだ。」 ゆっくりと諭すように答えるハイドリヒ。 会議は抜き差しならぬところまで踏み入ったことに、集まった者たちは背筋が凍る思いで受け止めたことだろう。 「ガス室は既に3収容所で実験済みです。 昨夏、ヒムラー閣下の指示でアウシュビッツを見学した。町から遠く鉄道に近い。アウシュビッツを拠点にする。ユダヤ人に収容所を建設させ、建設の暁には1時間に2500人が処理できる。24時間で6万人だ。産業用のガス・オーブンで残余物も残りません。」 ユダヤ人大量虐殺計画の恐るべき全貌がアイヒマンの口から淡々と報告される。 増え続けるユダヤ人問題についての解決方法は、この場で討議するまでもなく、既にヒトラーからゲーリング…ハイドリヒ…アイヒマンとSS内部で確定され既に実験済みだったのだ。 本会議の真の目的とは、党・内閣においてユダヤ人問題に取り組んでいた関係者たちからSSに移行することを確認させるとともに、SS主導のこの恐るべき抹殺計画に対し全員の合意をとるということ、早い話が黙らせることであった。 「私からの命令だ。この会議が完全なるアップダウンであることを全員に知らしめたとみるや、ハイドリヒは畳み込むように命令する。そして出席者一人ひとりから確たる賛同の言質をとりつける。 速記録テープもアイヒマンが回収し、この日の出席者名簿も会議の前にアイヒマンによって焼却されており、極秘とされるこの会議の痕跡は全てアイヒマンによって葬り去られた。 ナチス・ドイツの真の姿を見せつけられたクリツィンガー博士は、寒々とした雪空を見上げながら呟く。 「モスクワ戦線は今ごろ夜だ。もうすぐここも夜になる。生きているうちに夜が明けるだろうか。」 ロシアにおけるドイツ兵たちは悲惨を通りこし絶望的な闘いに疲弊しきっている。博士には既にしてナチス・ドイツの突き進んでいく先にある闇を予感したのだろう。 ホロコーストを扱った問題作として本作は強烈に衝撃的な作品といえるだろう。 言語は英語で、演じる役者たちも英語圏の役者たちだ。 先日公開されたブライアン・シンガー監督の「ワルキューレ」でもトム・クルーズはじめ反乱分子達は英語圏の役者でドイツ人は起用されておらず、そのことにとても違和感をもったけれど、本作に関しては、逆にドイツ人であったなら、緊迫感を孕みながら飴と鞭を使い分け、懐柔と強権で会議のイニシアチブをとって、各人の意見を絡めていく手腕の見事さといった、作品自体の妙味はなかっただろうと思う。 強引に合意させるのでなく、絡められ、最後は全員が合意表明に至らしめるという、その事が怖い。 増え続けるユダヤ人を、ヨーロッパ各国やユダヤ人が支援しているアメリカさえも彼らの受け入れを渋っているということがハイドリッヒの口から語られている。 ドイツが排斥そして抹殺したユダヤ人を、世界もまた黙殺したということも忘れてはならない事実だろう。 そういう意味でも演じる役者の国籍、言語を問う必要はないだろう。 作品としても非常に見応えのある魅力ある作品だ。 そしてナチス・ドイツ、ホロコーストにとどまらず多くの問題、課題が語られている作品としても貴重な作品といえるだろう。 ……………………………………………………………………………………………………………… そのほか会議の中で登場する閣僚達 ■ヘルマン・ヴィルヘルム・ゲーリング
by mchouette
| 2009-05-17 00:00
| ■映画
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