![]() by mChouette 検索
カテゴリ
全体 ■映画 =映画:あ行 =映画:か行 =映画:さ行 =映画:た行 =映画:な行 =映画:は行 =映画:ま~わ行 ■映画・雑記 ■ドラマ ■展覧会・コンサート ■一冊の本 ■徒然なるままに… ■美味しいもの ■アウトドア・旅 ■勝手にバトン ■ご挨拶・お知らせ 未分類 最新の記事
その他のジャンル
|
LA BATTAGLIA DI ALGERI
1965年/イタリア・アルジェリア/122分 監督: ジッロ・ポンテコルヴォ アルジェリア戦争を描いた「いのちの戦場 アルジェリア1959」を観たのを機に、数十年前に一度観た記憶のあった本作「アルジェの戦い」を再鑑賞。 独立後のアルジェリアで最初に製作された長編映画でもある。 フランスが黙して語ろうとしなかったアルジェリア戦争を、イタリアのジッロ・ポンテコルヴォ監督が手がけるというのも皮肉な話だ。 数千人におよぶ目撃者の証言、記録、写真から、5年の歳月をかけてリサーチされ、ニュース映像を一コマも使わず、実写もはるかに凌ぐほどの再現映像で、ドキュメンタリー・タッチで描かれた首都アルジェにおけるアルジェリア独立に至るまでの解放戦線とフランス軍との戦いを描いた作品。 『ウィキペディア(Wikipedia)』によると、「この映画は、革命グループと同じくらい政府の戦略家をトレーニングするためのビデオとしても用いられている。この作品はアルジェリアでは凄い人気で、解放闘争の記憶としても残されている。」そうだ。本作のプロデューサーでもあるヤセフ・サーディは、作中でジャファルを演じており、実際にカスバで地下組織を指導した人物でもある。彼は『私は機関銃をカメラにとりかえたのです。当時を再現し、あの感動を再びよびさますことによって、ある国家や国民を審判するのではなく戦争や暴力のおそろしさを伝える客観的な映画を作りたいと念願していたのです』と語っている。 本作は1966年度ヴェネチア映画祭でグランプリを獲得した作品だが、フランス大使館が反仏映画として上映中止を申し入れたが事務局がうけつけず、映画祭に出席したフランス映画関係者たちは退席するという騒動もあったそうだ。一人フランソワ・トリュフォーだけが残って最後まで鑑賞したとか…。映画化にあたっては主要人物である数名を除いては138名という登場人物は素人で、戦いに関わった人たちもいたそうだ。撮影の舞台はアラブ人地区のカスバで行われ、町全体を埋め尽くした民衆たちの蜂起、フランス軍の兵士や戦車の前に素手で立ち向かっていった民衆の力の強さを圧倒的な迫力でみせつけたラストシーンでは、8万人にも及ぶ全住民がエキストラとして参加したそうだ。 戦車、大砲、トラック、ヘリコプター、小火器などすべての武器はアルジェリア軍当局から提供をうけ、すべてを忠実に再現するため衣裳などは全部新らしく作られた。またアルジェリア、フランス、イタリアの軍事専門家のアドバイスもうけたそうだ。 当時、アルジェリアの首都アルジェには、ヨーロッパ系入植者たちのヨーロッパ地区と、カスバと呼ばれるアラブ系住民たちの地区に分かれていた。 「カスバ」は映画「望郷」などの舞台にもなっている地区で、悪の温床というイメージで描かれているが、アルジェの汚濁を全て引受けさせられた地区ともいえる。そしてそこに暮らすアラブ系住民たちはヨーロッパ系住民たちから差別の対象としてあった。 映画はこうしたヨーロッパ系住民に蹂躙され抑圧される、先住民であるアラブ系住民たちの憎しみも描かれている。 フランス支配からの独立をめざし、カスバに生れた民族解放戦線の地下組織。 指導者たちは組織化に向け、カスバ地区内での売春、麻薬、アルコールを禁止し、戦線の統一を図ろうと住民たちに厳しい規則を課し、彼等の意識改革を図っていった。 市街地では、人ごみに紛れて警察官の射殺は日常化し、ヨーロッパ地区にある空港やダンスホール、カフェの爆破など解放戦線のメンバーによる無差別テロに人々は恐怖し、彼らへの憎しみを高めていく。 武装蜂起した解放戦線によるテロ鎮圧にフランスは大量の軍隊をアルジェリアに派遣した。 抑圧が憎しみと報復を生み出し、過剰な鎮圧がさらなる報復と憎しみへとつながっていく……民族独立を掲げ武装蜂起したアルジェリア解放戦線の動きは国連でも会議のテーマに挙げられたが、しかし、大戦後の世界は安全かつ協調路線のムードが強くアルジェリア独立の支持は過半数に達しなかった。 そして打ち出された解放戦線によるストライキ。 ストに参加する者たちは反乱分子だと、フランス軍はカスバ地区を包囲し、ストに結集したアルジェリア人たちを次々と逮捕し、解放戦線の壊滅を図ろうとする。 彼等の自白を得るため逮捕者に加えられる拷問はジャーナリスト達の批判の対象になったが、フランス当局は「北アフリカにおける秩序維持作戦」だと突っぱねる。 解放戦線の中心メンバーで若いアリ・ラ・ポアントは、独立を勝取るには武装蜂起しかないと、ストには反対の意向を示すが、リーダーは彼に民衆の力の強さを説く。 「テロが効果を発揮するのは初めのうちだけだ。その次に必要なのは民衆の蜂起だ。民衆が立ち上がれば国連も黙っているわけにはいかないだろう。そのためのストなのだ。」と。そして「本当の苦しみは戦争が終った後だ。」と。 この言葉は実に重い。 フランス軍の強硬な捜査でアルジェの解放戦線の中心メンバーは次々と逮捕、処刑され、最後に残ったメンバーも、見せしめのため民衆の見守る中、彼等の隠れ家を爆破させるという強硬措置をとる。 解放戦線は崩壊したかにみえたが、1960年、突如アルジェリアの民衆たちが一斉に蜂起し自由と独立を叫び町中を埋め尽くした。 シーツやボロ布で作られた三日月と星をあしらったアルジェリアの旗を掲げ、人々はフランス軍の戦車や兵士たちに素手で立ち向かっていった。 解放戦線が目指した民衆の蜂起……130年間強いられた民の自由と独立を求める叫びは、どんな武力をもってしても止めることは出来ない。 そして1962年7月5日。エビアン協定によって、フランスによる132年間におよんだ植民地支配は終わりアルジェリアは独立を果たした。 テロを鎮圧したフランス側の指揮者は「市街地に比べれば山岳地帯は楽なもんだ」と語るシーンがあったが、その山岳地帯の生きるか死ぬかの瀬戸際での精神的に過酷な戦いを強いられた「いのちの戦場 アルジェリア1959」だった。 アルジェリア民族独立戦争をテーマにした映画を立て続けに2本観て、今も中東を初め世界で起きている民族紛争、そしてより過激になっていくテロ活動を考えてしまう。 そして民衆の力の凄さを示したアルジェリア戦争をみていると、闘争を指導し民衆の意識を高めていった指導的メンバーはいたけれど、最後に動かしたのは名も無き無力な民衆が一つに結集した偉大な力だった。 そんな民衆たちを描いた本作をみていると、先日みた「チェ 28歳の革命」そして「チェ 39歳別れの手紙」でゲバラを描いた作品からは、やはり何の感動も得られなかったはずだと実感する。
by mchouette
| 2009-03-16 00:00
| ■映画
| |||||||||
ファン申請 |
||