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それは<戦争>ではなく、<事件>と呼ばれた。L'ENNEMI INTIME 2007年/フランス/112分 at:テアトル梅田 監督: フローラン・シリ 戦争の終結は勝敗によってもたらされるが、戦勝国も敗戦国にあっても加害者も被害者もないだろう。ともに加害者であり被害者でもあるだろう。 アルジェリアの山岳地帯を舞台に、あるフランス軍部隊を描いた本作では、解放戦線とフランス軍との激し戦闘シーンはほとんど描かれていない。戦い相手を殺さなければ生きていけないことのむごさが描かれている作品だ。 本作について強いていうならば、加害者としての痛みを描いた作品といえるだろう。 そして殺すか殺されるかというそれしかない戦場では、「人間性」という倫理観がどれほど兵士を狂わせるか、自滅させるものでしかないという恐るべき事実もまた描かれている。 原題「L'ENNEMI INTIME」は「内なる敵」 1830年から1962年までの132年の長きにわたり植民地として支配してきた北アフリカ・アルジェリアにおいて、1954年アルジェリア民族解放戦線(FLN)の武装蜂起で始まった民族独立戦争。 フランスはその鎮圧のため200万人の兵士をアルジェリアに送りこみ2万7千人が戦死。一方アルジェリア人の死者は30万人とも60万人とも言われている。しかしフランス政府は、アルジェリア人たちが独立を掲げて立ち上がったこの戦いを「北アフリカにおける秩序維持作戦」と呼び、フランス国家が「戦争」と認めたのは1999年のことだ。 フランスを舞台にした映画などで「アルジェにいた」とか「アルジェから来た」といった台詞を聞くことも多い。「アルジェ」という言葉だけでその人間の過去の何がしかが分かるような、そんなニュアンスがいつもそこにはあった。第二次大戦中ドイツ軍に協力したフランス・ヴィシー政権を覆い隠すようにレジスタンス神話をつくり上げたフランスにとって、アルジェリア戦争は戦後のフランスの歴史の汚点として闇に葬り去りたい戦争だろう。 アルジェリア従軍した兵士の口からも、子ども達が学ぶ学校でもアルジェリア戦争は封印された歴史だった。 そんなアルジェリア戦争をフランス人たちの手によって、戦争を知らない世代によって描かれたということの意義は大きいだろうなって思う。 立案者は主演のブノワ・マジメル。脚本はアルジェリア戦争を題材にしたTVドキュメンタリーも手掛けたパトリック・ロットマン。 ![]() 1959年、ゲリラ戦を展開する解放戦線に山岳地帯での戦いにフランス軍は苦戦を余儀なくされ、戦況は出口の見えない泥沼化の一途を辿っていた。「テリアン中尉があの日死んだことは、彼にとっては幸福だろう。彼のもっていた理想主義が、どのみち彼を滅ぼしてしまっていただろう。」ラストで回想するドニャック軍曹の言葉は重い。 彼もまた発狂する寸前で、脱走という手段でかろうじて自らの正気を保ったといえるだろう。 戦争はアルジェリアの独立で終結を迎えた。 当然の帰結だとドニャック軍曹はつぶやく。 しかし、従軍した者にとって、彼らの死が犬死だったと考えることは生き残った者にとっては、向き合うにはあまりにも辛く惨めな現実だろう。 作中でテリアン中尉が「この戦争はおかしい。なぜチュニジアやモロッコの独立は認めて、アルジェリアの独立は認めないのか?」そんな疑問を大佐に漏らす場面があった。フランス直轄だったアルジェリアはフランスとみなされ、フランス国籍を持たぬアルジェリア人たちは第一次、第二次大戦では仏軍兵士としてフランス人たちと共に戦い、第一次インドシナ戦争でも仏軍としてベトナムに従軍した。アルジェリア戦争でもフランス軍についたアルジェリア人達もいた。戦時中は労働力不足から大量のアルジェリア労働者がフランス本国に送られた。 彼らは戦争終結後は、アルジェリアからは裏切り者とみなされ、フランスからも「民族の魂を売った者」として差別的な視線を向けられたという。 戦場といえども人間らしくあろうと自らに課したテリアンでさえ、仲間を殺された怒りと憎悪に鬼畜と化す。そんな己の修羅を乗越えなければ、この戦場では生き残れない。 戦争がいかに兵士の人間性を破壊させていくか。 アルジェリアと同じく植民地からの民族独立戦争であるベトナム戦争をテーマに多くの映画人たちが映画の中で訴え続けてきたことだ。 そして、アルジェリア戦争において、フランス人として加害者としての痛みをもって本作を描こうとした彼らの意識が伝わる作品だ。 ![]() フランスとアルジェリアの関係をみていると、日本における朝鮮との関係と重なるものがある。 この映画をみていて、第二次大戦で唯一の被爆国である日本は、被害者として戦争を語るよりも、加害者として戦争を描き、その痛みと向き合うときではないだろうかと思う。 それは被害者の痛みよりも、はるかに勇気と過酷さを伴うものだろう。 そこでは最近の戦争をテーマにした邦画で描かれているようなヒロイズムやロマンチシズムなどはもはや通用しないだろう。 中国人の李纓監督が「YASUKUNI」を描き、アメリカ人のクリント・イーストウッド監督が硫黄島で戦い抜いた歴史に埋もれた日本兵達の姿を描き、そして日本人は今何を描いているだろう。 未帰還兵を追いかけ戦後日本を語ろうとした今村昌平監督の意思を受け継いで戦後を語り、自国の歴史を冷徹な眼で見直そうとする若い映画人はいないのだろうか。 そんなことを思う。 ミヒャエル・ハネケ監督の「隠された記憶」 (2005)で主人公は子どもの時、家に引き取られたアルジェリア人の子どもを嫌い、彼を追い出すために残酷な仕打ちした過去があったが、彼が中年になり、ある事件が起きるまで、自分がしでかした忌まわしい過去は彼の記憶から締め出されていた。 アラブ人に対する根強い差別意識。フランスがアルジェリアで行った消し去りたい忌まわしい過去の歴史。オーストリア人のハネケは男の隠された記憶を白日の元に曝け出すことで、フランスの歴史の暗部に切り込んだともいえるだろう。 1965年にイタリアのジッロ・ポンテコルヴォ監督によって、首都アルジェのアルジェリア人たちが支配層のフランス人に抵抗する姿をドキュメンタリータッチで克明に描きだした「アルジェの戦い」 (ヴェネチア映画祭金獅子賞受賞)がある。しかしフランス人によって、アルジェリア戦争を正面から捉えた映画作品はなかったそうだ。 人間的に揺れ動くブノワ・マジメル演じるテリアン中尉と対照的に、戦場の狂気を日常のごとくに受け止めているかのように思えたドニャック軍曹を演じたアルベール・デュポンテル。日本でも「アレックス」 「ロング・エンゲージメント」最近作では「地上5センチの恋心」 「PARIS」などコメディからシリアスな役まで演技の幅が広い役者。最愛の息子を失い、復讐を果たす男を寡黙に演じた「ブルー・レクイエム」が私にはとても印象に残っている。本作でも強い印象を与えていた。
by mchouette
| 2009-03-15 00:00
| ■映画
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