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「アキム・コレクション 大阪最終上映会」初日である17日(土曜日)は、午前中は用事があって第一作目「望郷」は来週に見るとして、次回の「昼顔」から。
「昼顔」BELLE DE JOUR 1967年/フランス/100分/カラー12:10から始まる「昼顔」も最初からは無理だけど、ドヌーヴ演じる昼顔にすっかり惚れこんでしまうチンピラ役のピエール・クレマンティが登場するシーンに間に合えばと思って途中入場したら、次の場面からクレマンティが! ここからいよいよ佳境に入って面白い。クレマンティのエキセントリックな演技に注目し、最後に警官に撃たれて道路の真ん中であっけなく撃たれてしまう、あの撃たれ方、倒れ方まで彼の演技に釘づけで大いに堪能。 しかし、最後は何度観ても、わかっていても、観る度に狐につままれたような思いにさせてくれる。さすがブニュエル! そしてゴダールに最初に映画化の話を持っていったという「エヴァの匂い」 「エヴァの匂い」 EVA 1962年/フランス/113分/白黒 ![]() そしてジャンヌ・モローが台詞などほとんど言わず、黙って部屋の中を気まぐれな猫のように歩き回るという、こんなシーン数分間、この無言のシーンで、モローが演じるエヴァという女を観客に強烈に焼きつけ、エヴァの動きから眼を逸らせなくしてしまうのは、こんな存在感のある演技が出来るのは、やはりジャンヌ・モローをおいて他にいないだろう。 無言でむつっとした表情でこともなげに殺人もやってのける。それがジャンヌ・モローだとさもありなんと納得してしまう。女の凄み、残酷さといった夜叉の面を見事に体現させ、女がみてもむしろ潔ささえ感じさせる。 ラスト近くで、やはリ室内をゆっくりと思うがままに歩くエヴァ。そこへ一匹の猫が。エヴァが飼っているんだろうか。あぁ、やっぱリエヴァには黒い猫が似合うわ、エヴァは猫だわって思った。 魔性の女というのだろう。 ベネチア社交界を舞台に、金持ち男に言い寄って、あげく男の骨までしゃぶりつくして捨ててしまう。 そんなエヴァに魅せられるのが、スタンリー・ベイカー演じる元炭坑夫という経歴をもつ新進作家ティヴィアン。フランチェスカという美しいフィアンセがありながら、彼女を愛しながらもエヴァの前にひれ伏してしまう。眼の前に餌をぶら下げられ、擦り寄ればピシャリと目の前で扉を締められ、かと思うとティヴィアンとフランチェスカの婚礼に、これ見よがしに姿を現し、またもや男心を弄ぶ。フランチェスカを死に追いやり、友人たちにも見捨てられたティヴィアン。妻の死から2年たち、その悲しみと自責の念からこの地を去りたいと思いながらも男はここから離れられない。 「ここにエヴァがいる」。 すっかり落ちぶれブライドも失い、「惨めな男」とエヴァに蔑まれながらもエヴァから離れられないティヴィアン。 これはDNAに刷り込まれた男の性なんだろうか。 そんな男のどうしようもない性を描いた作品でもあるだろう。 ジャズのメロディにのせて、ジョセフ・ロージーが男と女の心理の襞に切り込み、情念の重さをシャープな手際で描いている モローのふてぶてしさと比べて、ベイカーが冴えなかったけれど、これもモローの発するオーラが強かったのだろう。 「エヴァの匂い」で描かれている男の末路はルイ・マルの「ダメージ」とも重なる。 エヴァは、聖書でアダムを誘惑する人類最初の女の名前。 そもそも男とは、少なくともキリスト教世界では、女によって破滅させられる運命として定められている生き物なのだろうか。 ファム・ファタール 売れっ子作家となって労働者階級から上流階級に成り上がっていった男。自分の弱さをさらけ出してしまう男。 そんな男にエヴァは、自分の生い立ちを話す。 両親が亡くなり病身の姉を抱えた11歳のエヴァに、面倒を見ると言い寄った上の階に住む男。作り話よと、笑ったエヴァだが、案外とエヴァも男や上流階級の人間たちに踏みつけにされた過去を持っているんだろう。そんな男たちや上流階級に対するエヴァの憎しみ。 男はエヴァの中に自分と同じ匂いを嗅いだのかも知れない。 そう思う私はロマンティックすぎるかしら。 エヴァはそんなロマンなど欠片も持ってない根っこからの悪女かしら? なんて、そんなことを観ながら思っていた。 「エヴァ」は、赤狩りでハリウッドを追われたジョセフ・ロージーは本名で作品を発表できず、偽名で作品を発表していた彼が、本名で撮った作品でもある。ロージーの上流階級に対する批判もこめられているだろう。 「二重の鍵」 A DOUBLE TOUR WEB OF PASSION 1959年/フランス/88分/カラー アキム兄弟がヌーヴェルヴァーグの作家をプロデュースしているのはクロード・シャブロルだけではないかしら。本作のほかに「気のいい女たち」もプロデュースしている。 シャブロルは「美しきセルジュ」 「いとこ同士」で映画界では有名になっていたあとで、シャブロルの方でプロデューサーを捜していて、彼の方からアキム兄弟に映画製作を持ちかけたもの。彼らの事務所の絨毯が一番厚かったというのが決めた理由だとか。何かで読んで堀氏もそのように語っていた。 撮影は「死刑台のエレベ-ター」「大人は判ってくれない」「太陽がいっぱい」などフランス映画に欠かせないアンリ・ドカエ。冒頭の朝の光もまぶしい庭の光景も素晴らしい映像を見せていたけれど、マドレーヌ・ロバンソンは本作でヴェネツィア映画祭女優演技賞を受賞する演技を見せていたけれど、私はこの作品のリズムには乗れなかったな。テーマは面白いのだけれど、作りすぎた匂いが強くって、CS放映でも途中で観るのをやめてしまった作品でもある。 シャブロル監督って「主婦マリーがしたこと」(1988)とかは好きな作品だし、最近作では「石の微笑」 (2004)で健在振りを見せてくれていたけど、彼の場合は作品のトーンに乗れる作品と乗れない作品にどうも分かれるみたいだ。
by mchouette
| 2009-01-18 00:00
| ■映画
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