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NUOVO CINEMA PARADISO
1989年/イタリア・フランス/175分 8月はこの映画から始めます! この作品は劇場公開にあたっては、オリジナル版から約50分カットされた124分の作品として上映された。そして後日、カットされたフィルムは元に戻されオリジナル版として復活された。 私が持っているのは、初公開版と完全オリジナル版の2枚組DVD。 買ったものの、観る時間がないままだったけれど、先日、ルネ・クレマン監督の「禁じられた遊び」の映画感想記事のコメントで、あどけないポレットを演じたブリジット・フォッセーに話題がいったところで、大人になったブリジット・フォッセーを再度確認すべく、彼女が出演している本作「ニュー・シネマ・パラダイス/完全オリジナル版」を観ました。短縮された劇場公開版では彼女が出演している場面は全て削除されている。 その部分だけを見るつもりが、「ニュー・シネマ・パラダイス」を愛する一人としては、やはりもう一度初めから観てしまった。 ![]() ただ監督コメンタリーでもトルナトーレ監督自身も語っているように、復活されたオリジナル版は賛否両論だったそうだ。 allcinemaによるとこの完全オリジナル版については… 「“映画をこよなく愛する人たち”にとって、これほどまでの感動を与えてくれた映画は過去にあっただろうか?と思えるほど、映画ファンにはたまらなかった秀作に、51分・約60カットも加えてしまった蛇足の完全版。」と評され、さらに「初公開時に“この映画を見て泣けない人は、鬼と呼ばれても仕方ない!”などと言われていたが、完全版に関しては、その想いを半減させざるをえないとんでもない1本。」とまで酷評されている。 そして124分に短縮された劇場公開版の解説の中でも……。 「弱冠29歳のトルナトーレ監督が、映画を愛する全ての人に送る感動編。劇場とフィルムにまつわるエピソードはどれも楽しく、その中で展開される悲喜こもごもの人生模様。エンニオ・モリコーネの切なくも美しいメロディに包まれて迎える、映画の持つ“力”が具現化されたクライマックスは、涙なくして観られまい。かなり印象を異にする3時間完全オリジナル版もあるが、はっきりいってこちらだけで十二分である。」とも評されている。 こんな映画評には思わず笑ってしまう。 私は劇場公開版は、確かに感動したし、この映画のテーマや熱い思いが凝縮されたラストシーンは忘れがたい感動があったし、映画を愛する全ての人に捧げられた作品として愛すべき作品だったけれど、トトの少年時代に重きが置かれており、やや駆け足すぎて、アルフレードとトトとの関係や、大人になったトトの内面描写などに物足りなさを覚えるところもあった。 だから、allcinemaのいう「これほどまでの感動を与えてくれた映画は過去にあっただろうか?と思えるほど、映画ファンにはたまらなかった秀作」という手放しで絶賛というところまでは至らなかった。 短縮された劇場公開版ではどうも言葉不足の感があった箇所なども、そうだったのかと大いに納得でき、映画作品としてオリジナル版を評価すればallcinemaの酷評となるのだろうが、私としては完全オリジナル版をみて、ジュゼッペ・トルナトーレ監督が29歳で撮った本作に、彼自身の映画への尽きせぬ愛をよりいっそう感じられ、やはりこの映画は、映画を愛する者全てに捧げられた映画だなって、劇場公開版よりもオリジナル版の方がさらに深みのある情感を伴って私の胸に伝わってきて、ときおり涙ぐみながら観ていた。 映画の舞台であるシチリア島ジャンカルド村は架空の地で、実際の撮影はパラッツォ・アドリアーノという小さな村で行い、映画館がなく映画を知らないの村の人たちも映画館の観客として参加してもらったそうだ。 オリジナル版では、ゆったりとした時の流れの中で、映画に熱中する少年トト、そして愛することを知った青年トトの喜びと苦しみ、そして捨てるように村を出た彼が30年ぶりに故郷に戻った大人になったトトが丁寧に描かれている。そして映画館、フィルム、映写室と映画にまつわる思い出。映画を愛する村の人々。イタリアのちいさな村の映画館と人々の物語が一大叙事詩のごとく熱く綴られている。 短縮版が劇場公開映画ならば、完全オリジナルは映像で綴った映画原作として位置づけられるだろう。 ![]() なによりも、トトと心温まる絆でつながれた映写技師アルフレードという人物が、さらに膨らみをもって描かれている。アルフレードは結婚指輪を2つしており、最初の結婚で彼は幼子を亡くしているという過去も描かれている。 戦争で父を失ったトトにとってはアルフレードは友だちであると共に、父親のような存在だったのだろうが、アルフレードにとっても、この蹴散らしても映写室に来たがるトト少年に亡きわが子を重ねていたことだろう。 劇場公開版以上に、トトとアルフレードとの深い絆にこめられた思いが伝わってくる。 そして、村人達が見る映画の数々の映像が随所に盛り込まれ、トルナトーレ監督自身の映画館の思い出とも繋がる50~60年代当時の劇場の匂いや空気が濃密に描かれている。 ![]() 著名な映画監督となったトトが、アルフレードの葬儀に参列するため30年ぶりに故郷に戻った時、全てを捨てたと思っていたはずのものが、何も変わらず自分の中に刻み込まれていることを知る。そんな息子を深く理解し、そっと見守る母の大きな愛。 自分の中でいまも鮮やかに生き続けているエレナへの愛。 「いろんな女性と出会ったけれど、いつも何かが欠けていた。」 エレナと再会したトトが語る台詞だ。 愛に対する絶対的な喪失感が、大人になったトトに、いくつもの素晴らしい映画をつくらせたのだろう。 そして、こうした喪失感や飢餓感が映画作家たちを映画に向かわせる原動力となっているのだろう。自らの手で自らの傷口を抉るという何と因果で過酷な稼業だと痛ましさを覚える一方で、だからこそそうしてつくられた数々の映画に、さらに愛おしさを覚える。 ![]() 復活されたエレナとの再会シーンは、感傷的だと周囲から批判されたそうだが、私にはトトの内面が膨らみを持って受け止められた大切なシーンだと思う。 イタリアの片田舎の小さな村のたった一軒の映画館「PARADISO」。 この映画館を取り巻くトト少年とアルフレードの交流。そして映画をこよなく愛する村人たち。映画は村人たちの唯一の娯楽。 映画館にまつわる思い出はつきないだろう。 昨年、カンヌ映画祭60回記念プロジェクトとして32人の映画監督が1人3分間で「映画館」をテーマにしたオムニバス「それぞれのシネマ」が製作された。現在、活躍している映画監督たちも、少年トトのように映画が大好きで、母親から叱られても台詞も全部暗記するくらいに映画の魅力にとりつかれていたんだろう。フランソワ・トリュフォーの「トリュフォーの思春期」でも、映画狂だった彼の少年時代の映画館にまつわる想い出が綴られている。こんな映画と観客の蜜月の時代は、時代が変わっても、そんな時代を知らずとも映画を愛するものにはDNAを刺戟してやまない郷愁を感じさせるものだろう。 ![]() ライオンを象った口から出てくる映写機の光が映し出す映像。その光の向こうはまるで魔法の世界。 この映画の大きな魅力は映写室を愛し、映画を愛し、いつもフィルムと戯れる少年トトの愛くるしさにあるだろう。当時7~8歳だったトトを演じたサルヴァトーレ・カシオ少年。 夏の撮影で、映写室は映写機の熱などで50度以上あったそうだ。 トルナトーレ監督も「こうして振り返ってみると、彼は本当に見事だった」と語っている。 大人のトト役はなかなか決まらず、ジャック・ぺランに決めたのは撮影に入る2日前だったそうだ。それまでにイタリアの役柄の年齢に該当する俳優にオファーをかけていったことごとく断られたそうだ。結果、アルフレードのフィリップ・ノワレ、トトことサルヴァトーレのジャック・ぺラン、エレン役のブリジット・フォッセーと全てフランス人となったのも面白い。 衣装合わせなどする時間もなく、自前の服を持ってきてくれと頼み、ぺランが撮影現場に到着したのは撮影前日だったそうだ。だから彼が着ていたスーツも、着込んで身体にいい具合に馴染んだあのトレンチコートもぺランの自前の衣装だったのだろう。案外とローマに着いたままの格好で撮影に臨んだのではないかしら。 少年、青年のトトがイタリア人で、大人のトトがフランス人。トルナトーレ監督が製作者にジャック・ぺランに決めたことを告げた時「3人のトトは似ているか」と聞かれ、トルナトーレ監督は「似てません。ただ、共通するのは少年の目をしていることだ。」と答えたそうだ。 ![]() ![]() カットされたキスシーンを綴ったフィルムを観るときのジャック・ぺランの眼は、少年だったトトと同じ眼をしていた。このシーンはやはりジャック・ぺランだろう。 <デビュー作「鞄を持った女」(1960年)のジャック・ペラン19歳…淀川長治氏が白い大理石のような少年と評したそうだ。> あの忘れられないラストシーン。 アルフレードがトトに遺したフィルム。 この映画の素晴らしさ、映画への愛、アルフレードのトトへの限りない愛、少年のころ映写室を愛したように、いままたトトに映画を愛する気持ちを甦らせる情熱が凝縮された、忘れがたいシーン。 トトにエレナの伝言を伝えず、引き裂かれた痛手を負って村を去るトトに「決して故郷に戻ってくるな」と言ったアルフレードは、永遠の愛は映画の中にこそあるといいたかったのだろう。 オリジナル版でそれぞれの思い、葛藤が受止められたからこそ、ラストのこのシーンは劇場版よりもはるかに重みを帯び、さらに深い感動を覚える。 このフィルムをサルヴァドーレ(トト)から渡され映写機をまわす技師はトルナトーレ自身が演じている。といってもほとんどシルエットに近い映像だけれど。 当初、この役を敬意をもってフェデリコ・フェリーニにやってもらいたかったそうだが、この役はトルナトーレ自身がするベきだというフェリーニのアドバイスがあったそうだ。このときエピソードと、それを認めたフェリーニからの手紙を今ももっていると、監督コメンタリーでトルナトーレは語っている。 映画がどれだけ人々の心を癒し、力を与え、喜びを与えてくれるのか、彼自身もきっとトトのように映画館を愛し、映画を愛し、そんな想い出と共にこの映画がつくられたのだろうと、そんなことを思わずにはいられないオリジナル版だ。 私の中では、オリジナル版を観る事で、さらにこの「ニュー・シネマ・パラダイ」が忘れられない映画の一つであることが再認識できた3時間だった。 監督: ジュゼッペ・トルナトーレ 製作: フランコ・クリスタルディ 脚本: ジュゼッペ・トルナトーレ 撮影: ブラスコ・ジュラート 編集: マリオ・モッラ 音楽: エンニオ・モリコーネ/アンドレア・モリコーネ 出演: フィリップ・ノワレ/ジャック・ペラン/サルヴァトーレ・カシオ(サルヴァトーレ・少年時代)/マルコ・レオナルディ(青年時代)/アニェーゼ・ナーノ/プペラ・マッジオ/レオポルド・トリエステ/アントネラ・アッティーリ/エンツォ・カナヴァレ/イサ・ダニエリ/レオ・グロッタ/タノ・チマローサ/ニコラ・ディ・ピント/ ブリジット・フォッセー
by mchouette
| 2008-08-01 00:00
| ■映画
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