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BLACK GOLD
2006年/イギリス・アメリカ/78分 at:第七藝術劇場 コーヒー一杯の値段から世界経済の実態が見えてくる。 カフェで目の前にさしだされた1杯のコーヒー。その値段のうち、コーヒーを栽培する農家の人々の手に渡る金額がいくらか? 下の図の価格構成はイギリス版からのデータ転用で、日本での価格構成でみると…… 1998~1999年の東京の喫茶店のコーヒー1杯が平均419円(総務庁統計局)だったとき、 タンザニアのコーヒー農家が受け取る利益はわずか 0.4%(1.7円) タンザニアの流通業者・輸出業者は 0.5%(2.1円) 日本の輸入業者・焙煎業者・小売業者は 8.2%(34.4円) 日本の喫茶店は 90.9%(381円) となるそうだ。(映画パンフ・データより) さらにコーヒー危機と呼ばれる2003年には農家の人々の取り分はいっそう降下し、0.1%にまで落ち込んでしまったという過酷な現実。 ![]() 日常的な飲み物として世界中で愛飲されているコーヒーは、全世界で1日あたり約20億杯も消費され、年間800億ドル以上をはじき出し、石油に次ぐ巨大な国際的貿易商品になっている。 コーヒー豆の原産国のコーヒー農家はコーヒー栽培で潤っているだろうと思いきや! 彼らの多くは困窮から破産の危機に瀕しているという。 このパラドックスをコーヒーの原産国エチオピアにおけるコーヒー農家に焦点をあてて、その実態に迫ったのが本作。 コーヒー発祥の地エチオピアで、困窮するエチオピアのコーヒー農家を救うため西欧諸国を奔走するタデッセ・メスケラ氏の姿を追いながら、生産者から企業、消費者までの道のりを取材してコーヒー産業の実態を描き出している。 エチオピアのコーヒー豆は天日干しで良質なコーヒー豆の産出国として評価されているそうだけれど、農民たちは教育を受けることも、食べることもままならず、貧困と飢餓にあえいでいる。エチオピアでは毎年700万人が緊急食糧援助を受けており、緊急支援に依存せざるを得ない状況にあるという。 原因は、国際コーヒー協定の破綻による価格の大幅な落ち込みと、貿易の不公正なシステムにあるという。 コーヒーの取引価格を決定するのは、企業利益を追求するNYの大企業たち。 WTOの会議では、多数派の先進諸国が会議の決定権を握り、会議は細分化されて行われ、出席者の少ない後進国の人々は実質その会議にも出席できないという実態も描かれていた。 世界のコーヒー市場を支配するのは、4つの多国籍企業。 監督であるマーク・フランシスとニック・フランシスの兄弟は、このドキュメンタリーの制作意図を語っている。 「2002年末に、エチオピアがふたたび飢饉に突入したことが発表された時、コーヒーに関する映画を作ろうと思った。20年ほど前の1984年にも、世界じゅうの人々がこの危機に手を差し伸べたがった。違うのは、現在コーヒー産業がこれだけ世界的にブームになっているというのに、コーヒー農家は食料危機に見舞われているということだ。 私たちはたった1杯のコーヒーを通して、生存のために格闘している何百万という人々の生計に、自分たちが避けがたく結びついていることを、大急ぎで観客に知らせたいと思った。」と。 ![]() このドキュメンタリーで取材したタデッセ・メスケラ氏は、エチオピアの74000人以上のコーヒー農家を束ねるオロミア州コーヒー農協連合会の代表で、農民たちが国際市場で高品質で取り引きされるコーヒー豆の収穫のために奮闘するかたわら、公正な取引(フェアトレード)を求めて世界中を飛び回っている。 「私たちの願いは、消費者が自分たちの飲んでいるものについて理解してくれることです。コーヒーに限ったことではなく、安値で売買されているすべての生産物についてです。この安値のおかげで、生産者は大きな影響を受けているのです」このようにタデッセ・メスケラ氏は語っている。フェアトレードという言葉もこの映画で初めて知った。 スターバックスは取材には応じず、逆にこの映画を抽象する内容を社内でアナウンスメンとしていたそうだ。そのスターバックスも店頭にフェアトレードのコーヒーを販売するようになったそうだ。途上国の貧困問題や、人権問題の解決を訴え、フェアトレードの「普及活動をしている、アメリカのNPO「グローバル・エクスチェンジ」を始めとする、アメリカの市民たちからの圧力によって、会社の方針を変えたそうだとのこと。 コーヒー農家の若者たちは「機会があれば勉強がしたい。親には申し訳ないけれどコーヒー栽培の仕事には就かない」という。 必死に働いても自立できず援助に頼らざるを得ない姿を子どもに見せるのは親としては非常に辛いことだと、関係者は語っていた。 そして「アフリカの輸出シェアが1パーセント増えれば年700億ドルを創出できる。この金額はアフリカ全体が現在受け取っている援助額の5倍に相当する。必要なのは援助ではなく、自立を支援するためのプログラムなのだ。」訴えている。 ![]() 映像は生産国と消費国の風景が交互に映し出される。 カフェでコーヒーを飲む人々の姿は、先進諸国ではどこでも見かける当たり前の風景だ。 そしてエチオピアでは労働のあと、カップ一杯の水で労働の後の手から腕、さらに顔まで洗う。 飢餓救済も子どもの身長や体重に基準を設け、その基準を超える子どもは救済からはずされるという厳しい現実。 コーヒー豆を一粒一粒手作業で選別する農家の人たち。 働いても働いても、砂地獄のように貧困に陥るというパラドックス。 現金収入を求めて麻薬の栽培をする農家も少なくないという。 貧困と飢餓にあえぎながら、国から与えられた土地に縛られ、コーヒー豆の価格は下がり続けても、それでもコーヒーを栽培していかなければならないエチオピアのコーヒー生産者達たち。 「いま ここにある風景」で産業発展がもたらす風景に、上流の豊かさと繁栄の代償、そのツケの落とし前を低賃金で生命を危険にさらして引き受けさせられる最下流にいる人々がいるという、グローバル経済の実態とその歪を目撃した。そして今またカップ一杯のコーヒーが物語る市場経済が生み出す生産国と消費国との断絶ともいえるこの落差。「グローバリゼーション」がもたらす世界経済の光と影。異様な歪。後進国の貧困と飢餓を踏み台にしてもたらされた豊かさとは…。 今,私たちにできるのはフェアトレード商品を購入することも、一つの意思表示だろう。 帰りにスーパーのコーヒー売り場で探したら袋にフェアトレード・マークが印字されたコーヒー豆が販売されていたけれど、フェアトレード・マークの説明も何もなく「フェアトレードの原料を使用しています」という説明があるだけ。これでは浸透しないし、積極的な取り組みにまでは至っていないのが現実かと、この映画をみたあとだけにちょっとショックだった。 でも注意してフェアトレード商品を探してみることも大事だろう。 直接に何もできなくても、私たちのちょっとした意識がもたらす力は大きいと思う。 監督: マーク・フランシス/ニック・フランシス
by mchouette
| 2008-07-31 00:00
| ■映画
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