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ZAMRI, UMRI, VOSKRESNI!
FREEZE-DIE-COME TO LIFE DON'T MOVE, DIE AND RISE AGAIN! 1989年/ロシア/105分 なんとも凄い邦題。ロシア語は分からないけれど英語タイトルから直訳で「動くな、死ね、甦れ!」となる。他にこれに代わる邦題はつけようがないだろうと思う。 「少年は極東の町スーチャンから来た」そして「みんな準備はいいか? 始めよう。」という監督であるヴィターリー・カネフスキーの声で、観ている者は、なんの説明もなく唐突に、第二次大戦直後の強制収容所のあったスーチャンというロシア極東にあるこの小さな炭鉱町の空間に放り込まれる。 映像の枠は彼には狭すぎるのだろう。カネフスキー監督にとっては伝えるべき物語に比べれば枠に収まることなど些少なことと言わんばかりに、そんなルールの枠に収まらず、映像からはみ出す迫力で観るものを画面にひきつける。 一度観ただけの作品だけれど、妙に頭にこびりついていて、通り過ぎてはいけない何かを感じさせる作品だ。 ![]() 暗い穴倉に潜りひたすら炭鉱を掘り続ける大人たち。 労働地区には受刑者や多くの捕虜たちが強制労働に就いている。 殺伐とした中で、大人たちも自分たちが生き延びるだけで精一杯で、子供たちを慈しむ余裕などなく、子供といえど情け容赦なく、盗るか盗られるか、ワレルカが盗まれたスケート靴を取り返すと、その子の父親からこっぴどく殴り返され、教師たちは官僚的に子供たちを抑えつけ、妊娠したらここから出られる特赦をうけるため15歳の少女は自ら男に身体を開くも拒まれ泣き崩れ、狂気に陥った元学者は配給の小麦粉をぬかるみに混ぜそれを喰らい……そんな追い詰められた者たちのギリギリの状況がこのスーチャンの町である。 そんな環境の中で12歳のワレルカは無軌道に抵抗し、自分の存在を示そうと声を張りあげる。 そんなワレルカの守護神のように同い年のガリーヤが突き放しながらも彼を助ける。 日本人捕虜達が歌う「南国土佐を後にして」、「五木の子守唄」、「炭坑節」が唐突に流れ、誰しもがここから抜け出たい思いを抱えながらも抜け出る術も無く、絶望と無力感が濃厚に垂れ込めるこのスーチャンの町が、さらに物悲しさを帯びてくる。 アキ・カウリスマキの「ラヴィ・ド・ポエーム」でラストに流れる「雪の降る街を」とか、侯孝賢作品に流れる日本の歌がかもし出す雰囲気とは決定的に違う。 監督であるヴィターリー・カネフスキーは1935年9月4日、強制収容所のあったこのスーチャン(現パルチザンスク)で育った。父親はオーケストラの指揮者だったそうだ。 1960年にモスクワの全ロシア映画大学(VGIK)に入学するが、在学中の1966年に無実の罪で投獄され1974年に釈放され、復学し1977年にレニングラード(現サンクトペテルブルク)のレンフィルム撮影所に入り、1981年に初めての長編作品『田舎の物語』を撮るが、望まない脚本を押し付けられた形の作品で全く評価されなかったという。そして53歳の時、アレクセイ・ゲルマンに見出されてやっと自身の手になる長編2作目として本作「動くな、死ね、甦れ!」を制作し1990年の第43回カンヌ国際映画祭でカメラ・ドールを受賞したという。本作は実質のカネフスキーの映画監督でビュー作といえるだろう。 そしてスーチャンの町で育ったカネフスキー監督が、日本の兵士たちに教えてもらった日本の歌によって子供の頃のこの町の記憶を手繰り寄せて描いた、自伝作ともいえる12歳の少年ワレルカと少女ガリーヤの物語。 そして物語は、少女ガリーヤの亡骸を前に、気が触れて全裸で走り回る母親の姿を映し出し、「よし、ここでいいだろう」というカネフスキー監督の声で終わる。 観客にははなはだ不親切な、とてもぶっきらぼうとも言える作品かもしれない。 好き嫌いがはっきりと分かれる作品かも知れない。 私には、頭に焼きついている作品だということしか言えない。 25歳から33歳という人生で一番希望に溢れた時期に投獄され、53歳にして新人監督に与えられるカメラドール受賞という、カフネスキー監督の精神力の強さを感じずにはおれないタイトルであり、映像である。 そして8年間の投獄はこの映画作家から創作意欲と情熱を奪い去ったかといういうと、カフネスキーはさらにその感覚を研ぎ澄ませて、さらにその情熱を内部でたぎらせていったのだろう。 生涯にわたり幾度も投獄されながらもパラジャーノフの「ざくろの色」にみる独自の耽美世界。 そしてタルコフスキー、アンドレイ・ソクーロフといい、これらの作品を観るにつけ、つくづく帝政ロシアから脈々と流れるロシアという国の歴史がもつ芸術性の高さと深さを思ふ。 「…完結しない感じがするかもしれない。しかし、これには目的がある。あなた自身が、自分の想像力によって映画を正しく完成するためなのだ。見終わった後、これが1947年とについての映画であるばかりでなく、今日についての映画でもあることに、あなたは気づくだろう」とカネフスキーは語っている。 そう、これは戦後の極東の町に限られた物語ではなく、今も映画を通して様々な地域でワレルカとガリーヤを見つける。「シティ・オブ・ゴッド」「それでも生きる子供たち」「イン・ディス・ワールド」「亀も空を飛ぶ」「それでも生きる子供たち」ざっと思いつくだけでまだまだ出てくる。 この映像はもう一度スクリーンで観たい作品だ。 ワレルカとガリーヤの物語は、2年後に同じ少年少女を使って続編「ひとりで生きる」を撮り1992年第45回カンヌ映画祭で審査員賞を受賞している。こちらは未見だ。 ![]() 監督: ヴィターリー・カネフスキー 製作: アレクセイ・プルトフ 脚本: ヴィターリー・カネフスキー 撮影: ウラディミール・プリリャコフ/N・ラズトキン 音楽: セルゲイ・パネヴィッチ 出演: パーヴェル・ナザーロフ/ディナーラ・ドルカーロワ/エレーナ・ポポワ
by mchouette
| 2008-06-28 00:00
| ■映画
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