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SLEUTH
2007年/アメリカ/89分/PG-12 at:テアトル梅田 マイケル・ケインとジュード・ロウ。 共にロンドン生れの二人。 予告編で二人が向き合っている映像を見ていると、目から滲み出る色気といい、その風貌といい、よく似ている。 夫VS妻の愛人 男の嫉妬は、世界を滅ぼす。 ジュードの妖しさVSマイケル・ケインの怪しさの 危うい対決 こんなコピーから、色気のあるイギリス男の新旧二人が繰り広げる狐と狸の駆け引きゲーム。室内劇。さぞや、ゾクゾクする男の色香の香る官能の世界が漂った映像に……と思いきや、ハートが刺激される深みとか毒とか色気とか味わいがあるというよりも、ゲーム感覚作品として楽しませてもらった。<最近の映画コピーはやたら誇大広告過ぎる> オリジナルは、ローレンス・オリヴィエと、まだ若かりしマイケル・ケイン出演で、アカデミー賞で4部門にノミネートされた「探偵<スルース>」(1972)だそうだ。一部例外はあるけれど、大抵はリメイクがオリジナルを超えることはまずないが、映画資料のオリジナル版の概要が書かれてあったけれど、本作はどうなんだろう。 ![]() 物語は、ロウがケインの家を訪ねるところから始まる。 上からの映像。リモコンの仕掛けだらけの、まるでモダン・アートのようなケインの家。ずらりと並んだ監視カメラの映像。初老の夫と妻の愛人である若い男の、駆け引き思わせぶりな台詞の応酬に、ブラナーがまたまた凝った映像とシェークスピア劇もどきの台詞で、でも、いま一つ盛り上がりに欠けるわねぇ……そのくせ音楽だけがやけに盛り上りをみせて……この調子で行くのかしらねぇ、などど思いながら観ていると、横からスースーという音が聞こえ、見ると私の横の青年が寝てた!(笑…12時過ぎの上映だったので、その前にお腹一杯昼食とられたのでしょう。次にちらっと横目で見たら起きてました。) と思っていると、刑事と名乗る第三の男が登場し、予告編にもなかったぞ!と意外な展開に、この辺りから映像にも動きがでてきて…… 夫の妻の愛人の対決であった二人の男の関係が、同性愛的な様相も見せ始め、「この物語ってそうなのか」と思ったあたりから、二人の様相がアップテンポで二転三転していく展開には目が離せず大いに楽しませてもらった。 この面白さは、映像の2人からは手に汗握るといった切迫感や緊張感を感じる面白さとは違って、ジュードが優位にたった2戦目などは、二人が繰り広げるちょっと暴力的なこの展開なども、案外と二人了解のボルテージアップのためのメイク・ラブのゲームかしら?などと私などはそんなことをチラッと思ってしまうほどお気楽な面白さ。ここんとこ抉るような作品を続けて観ていたから、いい男二人の映像とこんなサラリと軽いタッチは心地よい。 あとで映画資料読んでると「(脚本の)ハロルドは会話の中に潜ませたバナナの皮で、観客とキャラクターの足元をすくうんだ。」と監督のブラナーは語っている。 立ち場の逆転や、キャラクターの豹変が、拳銃を突きつけられたり、肉体的な揶揄とか、妻の電話だったりといった他力本願でころりといとも簡単に転換するなどは極めて現代的ともいえるゲーム感覚。たしかにバナナの皮でスルリだわ。その代わり自力で相手に言葉の刃を突き立てながら、心理的に相手をじわじわと追い詰め、主導権を奪い、奪い返すといったスリリングな展開の心理劇の凄みとか重みはない。 この作品自体がゲーム感覚な現代にマッチした作品といえるかも…などと思う。 人の匂いのしないモダンアートを感じさせるような無機質なインテリア。椅子に座って全てがリモコンとボタン一つでことが進む。初老の作家は「愛」さえもコントロールしようとし、若い男は若さを武器に金のある方に「愛」のサイコロを投げ、全てが刹那的で表層的な現代に通じるゲーム。 妻の一言や、肉体的欠点や弱点をつかれると途端に腰砕けとなる展開なども極めて現代人の弱点をついている。(案外と作品の裏テーマは、現代に対するこんな皮肉を込めているのかも…)。作品の意図したところかどうかは分からないけれど、こんな目でこの作品を観るとこんな展開もまたこれはこれで割り切って面白くみれる。 そしてラスト! マイケル・ケインを見ていると、現代風に捻じ曲げられた「オスカー・ワイルド」かと。ジュード・ロウはやっぱり金で愛を弄ぶボジーだわと思った。ボジーに散々振り回されて、獄中生活を強いられても、なおもボジーの面影を追い続ける崇高なるワイルドだけど、現代の作家はとなると、自由主義的市場経済にどっぷり浸かり、ベストセラーが自己評価の基準で、自己顕示欲が強く、愛に対してもエゴイスティックで傲慢で、こんな寂しい結末に終るも哀れ。 ケインが最後に見せたあの表情は本音? もともと、ケネス・ブラナーの作品ってそれほど見ていないけれど、彼って映像の構図にきちんと収まって、文章でいうところの行間が映像に感じないというか、広がりを感じない人って印象をもっているので、ブラナーだ!見たい!って期待で観た訳ではなかったし、先のブラナーの「魔笛」はオペラ版を何度か見ていたので、映画はゲンナリ、ガックリでカリカリしたから、本作はこんなもんかって気持ちで見ていたから、ゲーム感覚として乗れたし、ジュード・ロウもちょっと魅力的だった(作陣の強みか映画パンフレットもやたらジュード・ロウの写真が多かった。)から結構楽しめたけど、見終わった後さっさと出る人も結構いたから、シリアスな心理劇を期待したりするとこんな表層的な展開や痴話喧嘩的内容や、「?」といった印象とかで、がっくりと期待外れに終るかもしれない。私も期待して観にいってたら観方も違ったかもしれない。 これは英国の新旧いい男二人揃えたエンタテイメント作品かと。遊び心に溢れた作品ともいえるかも。ただ、良かったからもう一度みたいかとなると ? となる。こういう使い捨て的感覚も現代的かも。 展開も結末も分かっているけれど、何度も見たいし観るたびにやはり当初の感動が蘇る室内劇とか2人芝居でぱっと浮かんだのは「バージニア・ウルフなんかこわくない」、「十二人の怒れる男」、「何がジェーンに起ったか?」などなど古い映画ばかり(笑)に我ながら呆れてしまう。こういう世相なのかしら。この作品は案外と世代によって評価分かれるかも。ジュード・ロウのファンには良かったんではないかな。 本作と比べるつもりはないけれど、俄然オリジナル版が気になって観たくなった。ということで目下取り寄せ中。 監督: ケネス・ブラナー 製作: ジュード・ロウ/サイモン・ハーフォン/トム・スターンバーグ/マリオン・ピロウスキー/ケネス・ブラナー/サイモン・モーズリー 原作戯曲: アンソニー・シェイファー 脚本: ハロルド・ピンター 撮影: ハリス・ザンバーラウコス プロダクションデザイン: ティム・ハーヴェイ 衣装デザイン: アレクサンドラ・バーン 編集: ニール・ファレル 音楽: パトリック・ドイル 装置: セリア・ボバック 出演: マイケル・ケイン (アンドリュー・ワイク) ジュード・ロウ (マイロ・ティンドル)
by mchouette
| 2008-04-14 00:00
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