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ROIS ET REINE
KINGS AND QUEEN 2004年/フランス/150分/PG-12 劇場で観たのは約1年前くらい。その時はどう受けとめたらいいのか、正直よく分からなかった。 新緑の瑞々しい光も眩しいパリの街角。「ムーン・リヴァー」のメロディが良く似合う。 一台のタクシーが流れるようにやってきて停まった。ドアが開き、すんなりとした美しい女性の足が…上品で美しい雰囲気を漂わせた女性が運転手ににこやかに挨拶をする……エマニュエル・ドゥヴォス! この瞬間から、どうも画面と私との間にギクシャク感が生じて、これがそもそも作品をキャッチできなかった大きな要因だったろうと思う。 あらためてCS放映された本作を観ると、実に巧妙な仕掛けに満ちた作品であることがわかってくると、作品の内容そのものよりも、デプレシャンの仕組んだ、一筋縄ではいかない人間の複雑な内面を描いた、その描き方や見せ方といったデプレシャンの演出や脚本の巧みさに面白さを感じる。 ![]() デプレシャンが語っているように、本作は、一人の女性ノラの運命が1時間5分、一人の男性イスマエルの紆余曲折のある冒険が1時間5分、そしてノラの子供エスマルに15分。とてもシンプルな映画だと。 私は、「ノラが生きてきた人生」、「イスマエルの人生の中で起きた出来事」、そして「エスマルのこれからの人生を予感させるもの」という風に受け止めている。 この作品をみて受け止め方は、観た人の人生によってそれぞれに違うだろう。 しかし、人生とは、人間の内面とはどれほど複雑で、どれだけの感情を抱え、相矛盾するものを抱え、どれだけのドラマを潜ませているのだろう。デプレシャンは、そんな人間の複雑さそのものも描いてみせる。 「お前はエゴイストだ。今の私はお前への静められない怒りでいっぱいだ。お前を誇り高くさせたのは私の罪だろう。お前の高慢さは辛辣な虚栄心と変わり、愚かな気取りを見せはじめた。私が死に、お前が生き続けるのは不公平だ。お前が死んだら許してやる。」 ノラの父親が彼の遺作となる著書の校正原稿にさしはさまれた、娘ノラに対する痛烈かつ辛辣な告発の文書。 ノラの姿をずっと追いかけてみていた私は、こんな父親の怒りの言葉に納得しながらも、一方で、ノラの側に立ったとき厳格な研究者である父の前にたった幼いノラが、必死の思いで父の愛を求め、父の気に入る娘を演じる彼女の姿に痛みを感じる。そうして抑圧から自らを守る鎧を知ってしまったノラ。それは他者から高慢と虚飾と愚かな気取りと映ろうとも、ノラが自分を愛し生きていくノラの人生。 イスマエルの、子供のまま大人になったような男の、欠点だらけゆえの愛すべき存在であるイスマエルの行き当たりばったりともいえる、でも常に自分に忠実に生きてきた不器用な男の行動に人間臭い魅力を感じる。 時にはノラに嫌悪感をもち、意地悪な目で彼女を批判的に見ながらも、イスマエルに苦笑しながらも、私の生きてきた人生の中には、ある時はイスマエルであり、またノラであった。今も何がしか彼らの姿と重なる。 父が死に、エスマルを養子にしてくれというノラからのなんとも身勝手な依頼を断ったイスマエルだが、エスマルがこれから歩き出すだろう新しい人生に向けて、イスマエルは彼にこんな言葉で彼への愛を表現する。 「人生で僕が自慢するのは君に会ったことなんだ。君は子供だから僕のことを考えなくてもいい。でも頼ってこい。そして一つだけ言っておく。自分はいつも正しいと信じること。間違いもある。間違えるのはとてもいいことだ。必ず答えがあるわけじゃない。思う以上に刺激的で意外なのが人生なんだから」 ![]() そしてノラが最後に私たちに自分を語るこんな言葉 「イスマエルに抱かれながらよく聞いた詩の一節を思い出すわ。<水は喉の渇きを 陸は越えてきた海を 恍惚は苦痛を 平和は戦いの歴史が教えてくれる。愛はその記念碑だ。もはや乾きはない。二本足で大地に立つ>」 イスマエルとノラのそれぞれの人生の時間を観てきて、最後に彼らがそれぞれに語る言葉が素直に心に沁みてくる。 人生は不思議ね。 人生とは思う以上に刺激的で意外なものだ。 人はそれぞれの生き方に従ってしか生きられないということ。ただどれだけ、自分の人生で自分をどれだけ愛せるかどうかだろう。 イスマエルと、ノラの息子エリアスが並んでノラが待っている場所に向かって歩いてくるシーンが終わり近くである。そんな二人を見ながらノラは「人生は不思議だ。愛した4人の男のうち2人は死んだ。残った2人が歩いてくる。後悔はないわ。彼ら二人が私より長く生きてくれればそれでいい。不幸はそこで終わる。」と独白する。いつも見せていたあの気取りはなく、光の中で伸びやかに立つノラの姿がある。 この作品って、幾度かみて、ようやくその味がゆっくりと伝わってくる作品ではないかしら。一度見て感じ思った以上に、この作品は刺激的で意外性が隠されていると思う。 デプレシャンが意図的に仕掛けた罠をひも解く面白さがこの作品には潜んでいるだろう。「ゼウスは スパルタ王の妻 美しきレダを愛してしまい、白鳥に姿を変えて近づいた。」タイトルロールの後に、こんな意味深なモノローグにワクワクする。 イスマエルの担当医にカトリーヌ・ドヌーヴがなっている。そしてイスマエルを訪ねたノラとドヌーヴが並んで歩くシーンがある。体型も身長も似た二人があるく姿は、美人の姉と、その姉に雰囲気は似ているけれど、よく見ると無骨な顔の妹となる。でも妹も演じれば姉の美しい雰囲気を漂わせることができる。イスマエルと話をするドヌーヴの顔にふとノラと似た雰囲気を見出す。(目は良しとしても、ドゥヴォスの口が違うんだけどね) ……………………………………………………………………………………………… 映画情報によると、この作品はあるスキャンダルに見舞われたそうだ。 デプレシャン作品「二十歳の死」「そして僕は恋をする」「魂を救え!」などで主要な役を演じていたマリアンヌ・ドニクール。彼女は元デプレシャンの恋人であり、その後2000年のブノワ・ジャコ監督「発禁本 SADE」で共演したダニエル・オトゥーユと一時恋人関係にあったそうだが、そのマリアンヌ・ドニクールが出した自伝のなかで、『キングス&クィーン』の中のエピソード、妊娠中に恋人が自殺した悲劇に見舞われたヒロインの葛藤や、実父の臨終で彼から受け取ったひどい内容の手紙等は、ドニクールの実体験をデプレシャンがぱくったといった暴露的な内容や、デプレシャンがいかに卑劣な人間かといった恨みつらみが書かれているそうだ。そして2005年にマリアンヌ・ドニクールはデプレシャン監督の「キングス&クイーン」で私生活を暴露・歪曲されたとは訴えたそうだが、裁判所の判断で棄却されたとのこと。 こんな彼女の姿はノラと重ならないわけでもないが、これもマリアンヌ・ドニクールの生き方であり、彼女の人生だろう。 そして、こんな話はフランソワ・トリュフォーとカトリーヌ・ドヌーヴの間でも「隣の女」についておきているし、監督にとっては一つの作品ネタとして私情はとっくにどこかに行ってしまっているんだろう。 監督: アルノー・デプレシャン 製作: パスカル・コーシュトゥー 脚本: ロジェ・ボーボ アルノー・デプレシャン 撮影: エリック・ゴーティエ プロダクションデ ザイン: ダン・ベヴァン 衣装デザイン: ナタリー・ラウール 編集: ロランス・ブリオー 音楽: グレゴワール・エッツェル 出演: エマニュエル・ドゥヴォス (ノラ・コトレル) マチュー・アマルリック (イスマエル・ヴィヤール) カトリーヌ・ドヌーヴ (ヴァッセ) モーリス・ガレル (ルイ・ジェンセン) ナタリー・ブトゥフ (クロエ・ジャンセン) ジャン=ポール・ルシヨン (アベル・ヴィヤール) カトリーヌ・ルヴェル (モニク・ヴィヤール) マガリ・ヴォック (“中国女”アリエル) イポリット・ジラルド (ママンヌ) ノエミ・ルボフスキー (ノエミ・ルヴォフスキ) ジョアサン・サランジェ (ピエール・コトレル) ジル・コーエン (シモン) オリヴィエ・ラブルダン (ジャン=ジャック) アンドレ・タンジー (おばあちゃん) エルザ・ウォリアストン (ドゥヴィルー医師) ヴァランタン・ルロン (エリアス・コトレル)
by mchouette
| 2008-03-22 00:00
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