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DIE FALSCHER
2007年/ドイツ・オーストリア/96分 at:敷島シネポップス 第二次世界大戦のさなか、ナチス・ドイツがイギリス経済の攪乱を狙い画策した史上最大の紙幣贋造事件「ベルンハルト作戦」に関わった、ユダヤ人印刷工アドルフ・ブルガーの証言に基づいて制作された映画。 「ベルンハルト作戦」とはハインリヒ・ヒムラー率いるナチ親衛隊によって画策され、ベルンハルト・クルーガー少佐(劇中ではヘルツォーク少佐)によってザクセンハウゼン強制収容所内で紙幣偽造が実行に移された。実際に贋造されたポンド札は1億3200万ポンドにのぼるといわれる。そしてポンド紙幣に続き、ドルの偽造にも着手する。そしてドイツ降伏の混乱の中、親衛隊は贋造紙幣を原版やその他の機密文書とともにオーストリアのトプリッツ湖に9つの木箱にいれて沈めたという情報を、1959年にドイツの写真週刊誌「シュテルン」が得たことがきっかけとなって、この作戦の全容が明らかになった。 ザクセンハウゼン強制収容所には、国際的に暗躍していた贋作師サリー、印刷技師ブルガー、美術学校生コーリャなどユダヤ系の技術者たちが集められた。収容所内に設けられた隔離された秘密の工場、衣服、充分な食事、柔らかいベッド、音楽が流れる空間を与えられ、そして彼らに課せられた任務は「完璧な贋ポンド札を作ること」。 工場内には144人のユダヤ人が働いていたそうだ。 「どのみち偽造が終れば全員が殺されるんだ」それは彼ら全員が持っていた確かな認識だった。収容所で何が行われているか。同胞達がどのような目にあっているか。彼らは充分に知っていた。「ただ、あの世に行く前につかの間のバカンスを与えられているんだと思っていた」と原作者であるブルガー氏はインタビューで語っている。 映画では、アドルフ・ブルガーの原作および彼の証言とフィクションを交えつつ、この作戦に関わった人々を描いている。 映像を見ていて、10年前だったら、工場での偽造の様子、壁の向こう側で死んでいく同胞たち、壁のこちら側で格別の待遇で生き延びている彼ら。生きるということの確執、ナチの陰謀に加担しているという葛藤、苦悶、それらがもっとリアルで生々しい再現ドラマとして描かれただろうなと思う。 ドイツ・ナチスの狂気にも似た行為は、すでに歴史が明らかにし、多くの書物、映像、映画作品を通してあらゆる角度から描かれ暴かれている。 そして、そんな狂気にも似た行為が、歴史の中から完全に消え去ったか? あの残虐非道な殺戮が完全に人間の歴史から消え去ったか? 「数メートル先で仲間が殺されていく中で、果たしてピンポンに興じることができるのか?それは現代にも通じる普遍的な問いかけです」 ステファン・ルツォヴィツキー監督は、リアルな状況描写よりも、シンプルにきわめてストレートにそこにいた彼らを描くことで、こうした問いかけを浮かび上がらせようとしたのだろう。 沈黙の中で、何も言わず当然のごとくに目の前で跪かせたユダヤ人を拳銃で撃ち殺す。このシーンで充分だろう。 それを黙って見つめるしかない彼らもまた、明日生きているかどうか分からない。そんな死がいつも目の前にぶら下がっていても、ぶら下っているからこそ、明日の命をも求めるのだろうか。 課せられた任務を遂行することは、ドイツ軍の力をより強くし、それは同胞の更なる死を意味し、そして戦争が続くことを意味する。 タイムリミットを設けられ、造らなければここにいる仲間が殺される。 「真実を印刷する」仲間の死より同胞の正義を貫こうとサボタージュするブルガー。 ここにいる仲間だけは誰一人殺させまいと完璧な偽造に挑むサリー。 協力しないブルガーを密告しようとする者。 収容されたユダヤ人から没収し工場に集められたパスポートの中に我が子の写真を見つけ絶望に打ちひしがれる者。 戦況が不利だと見るや、サリーに秘かに家族の偽造パスポートを作成させる、この作戦の実行責任者のヘルツォーク少佐。 彼等がピンポンをしている壁の向こう側で、同胞が死の走りをさせられている音が聞こえる。 「良心の呵責など感じる余裕などなかった。拒んで射殺されても又新しい誰かが連れてこられて偽造は行われる……。」とブルガー氏は振り返って語っている。 生きてこの収容所から出られるとは誰も思っていなかったけれど、彼らは、ともかくもこの瞬間と次の瞬間を生きるために、工場内で偽造に携った。 終戦。 札束(偽造紙幣だろう)が詰まったトランクをもってモンテカルロに来たサリーは、ドイツ軍に逮捕される前の一匹狼だった自分がそうして遊興し、人生を謳歌していたように、高級ホテルに宿泊し、高級スーツをオーダーし、カジノに行く……。 彼の前に集まったチップ。 そして彼は、突然、持っている札束全てをつぎ込んであえて負ける。 夜の海岸で海を見つめる彼の側にカジノにいた女性が近づいていう。「あんな大金をすってしまうなんて。不運な人ね。」と… 次の瞬間の命すら分からなかった中で、必死に生きようとしていたあの時間以上に、彼にとって意味のある時間があっただろうか。 収容所で死んでいった彼らは不運で、あそこで生き延びた俺は運が良かったのか? 救いたいと思った命を救えず生き残った俺は運が良かったのか? 大金をすった俺は不運だとしたら、何が運がいいのか? コンチネンタル・タンゴが流れる中で、サリーは何を思ったのだろうか。 サリーのモデルとなったサロモン・ソロヴィッチは、その後も偽造の手を染め、国外に逃亡し、ブラジルでおもちゃ工場を設立し、78年に死去している。 その後の彼は何を思い生きたのだろうか? 死ぬときに彼の中に去来したものは何だったのだろうか? そんなことが、頭を過ぎった。 収容所で殺された家族や同胞の分まで、生き延びた命を大切に… そんな安易な言葉は、きっと通用しないだろう。 ナチス・ドイツの策謀のおかげで生き延びたことは、彼らにとっては奇跡にも似た幸運だったろう。そしてそんな彼らを救出したのは、収容所内で彼らとは違う環境で地獄の苦しみを生き延びた同じユダヤ人であった。 ステファン・ルツォヴィツキー監督は、実際にはアメリカ軍によって救出された彼らの解放を、このような設定に変えて描いている。 私は、誰にあたるだろう? そんな問いを突きつけられたような映画だった。 これからも、戦争をテーマあるいはモティーフにする映画は撮られるだろう。 そして、これからは、戦争の悲惨さ、残虐さを暴き立てた作品よりも、むしろ本作のように観る者に問いかけ、あるいは突きつける映画が増えてくるだろう。 「ブラックホーク・ダウン」「ジャーヘッド」は戦場にいる僕を抉り、そして次には映画を観ている私達を抉るだろう。そんなところにまできていると思う。 監督: ステファン・ルツォヴィツキー 製作: ヨゼフ・アイヒホルツァー/ニーナ・ボールマン/バベット・シュローダー 原作: アドルフ・ブルガー 『ヒトラーの贋札 悪魔の工房』(朝日新聞社刊) 脚本: ステファン・ルツォヴィツキー 撮影: ベネディクト・ノイエンフェルス 編集: ブリッタ・ナーラー 音楽: マリウス・ルーランド 出演: カール・マルコヴィクス サロモン・ソロヴィッチ(サリー) アウグスト・ディール (アドルフ・ブルガー) デーヴィト・シュトリーゾフ (フリードリヒ・ヘルツォーク) マリー・ボイマー (アグライア) ドロレス・チャップリン (カジノの令嬢) アウグスト・ツィルナー マルティン・ブラムバッハ
by mchouette
| 2008-02-05 16:07
| ■映画
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