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EYES WIDE SHUT
1999年/アメリカ/159分/ R-18 スタンリー・キューブリックの最後の作品。 キューブリックは好きなのだけれど、なぜか本作だけは観ずにいた。 この頃は仕事がかなりハードで体力・気力がない中で、観る映画は厳選し、居心地のいい映画、疲れない映画を選んでいた。トム・クルーズとニコール・キッドマンどちらもいそいそと見たいと思う役者でもなかったし……疲れそう…そんな気持ちから観なかったように記憶している。何時だったかTSUTAYAで中古ビデオで本作が販売されていて、レンタル料金と変わらなかったので、とりあえず買って、そのまま観る機会を逸したままマイ・シネマコーナーに置き去りになっていた。先日「博士の異常な愛情」を観たのを機に、やっと本作を観ようという気になりました。 本作は、撮影は極秘に行われ、また撮影期間が46週=休暇を含めて400日(1年以上)とギネスブック「撮影期間最長の映画」部門に認定されたりとか、当時、仮面夫婦と言われたトム・クルーズとニコール・キッドマンが映画でも仮面夫婦を演じているとか、二人のセックスシーンが…などと、随分と騒がれ、公開されると「傑作」と「駄作」に評価が分かれた。 キューブリック自身は映画の公開を待たずに心臓発作で亡くなったので、こんな巷の評価は知る由もない。 現場でキューブリックは何度も脚本に手を加え、一つの動作に数百回のテイクを行い……といった風に撮影はどんどん遅れ、結果、そのしわ寄せは監督であるキューブリックが背負うことになる。撮影現場でのこうした長時間作業が、70歳の彼にはかなりの負担だったようで、彼の妻は「彼が青ざめて疲れているのを目にするのは耐え難かった。それに彼は一休みしたがっていた。あんなに大きな心臓発作が襲うなんて誰にも分からなかったわ。手の施しようがなかったの」と語っている。 原作はウィーンの作家アルトゥール・シュニッツラーの「夢物語」というタイトルでドイツで出版された少説で、キューブリックの2度目の妻が彼にこの本を紹介したのだそうだ。英訳本のタイトルは「ラブソディ」。 「妻の空想上のアバンチュールと、夫の現実のアバンチュールとを対置させ、そして性的なアバンチュールを夢想することと、実行することの間に、果たして重大な違いがあるのだろうか?」そんな問いかけを与えるこの作品に、キューブリックにとって、自分自身の内面の闇を検証するものとして強く惹きつけられたという。 彼は、「2001年宇宙の旅」の後に本作の映画化権をすでに目論んでいたそうだ。 「幸福な結婚生活に存在する、セックスについての矛盾した精神状態を探り、性的妄想や実現しなかった夢を現実と同じくらい重要なものとして扱った」 とスタンリー・キューブリック監督は本作について語っている。 ![]() 結婚して9年の夫婦。7歳の娘が一人。住まいはニューヨーク・セントラルパーク西部。夫は内科医。妻はギャラリーをしていたが倒産して今は家で子育てに専念…といったところ。高級住宅に美しい妻。絵に描いたような幸福な家庭。 けれど寝室で夫婦でマリファナを楽しんでいた時、アリスは今まで抱え込んでいたものが、一気に噴出したかのように、胸の内にあるものをビルにぶつける。 アリスがビルに「あなたの本性が知りたいの!」と訴える。 「乳がんの診察で女性患者の胸を触るとき、あなたは患者の女性に性的夢想を抱いているはずよ」というアリスの言葉を否定するビル。 パーティで男がアリスに関心を持つのは君が美しいからだ、という夫の言葉に、アリスは男たちの目的はただ一つよ。あなたも男たちと同じなの?と詰め寄る。 1年前に避暑地で、ある海軍士官の視線に動けなくなり、言葉も交わしたことのない見ず知らずの海軍士官と一夜を共にできるなら、夫も娘も自分の将来も捨ててもいいと思うほどの性的夢想を抱いたことを告白する。 幸せそうに見える夫婦の間で、夫が考えていること、妻が何を求め、何を考えているのか? 果たして夫婦の間でどれだけ人は本心を見せているのだろうか。 あなたの開いたその眼で観ている私は、美しい女だけ?ファックするだけの女?生身の私を見ているの? 夫も自分と同じような欲望を心の奥底に隠し持っているのだろうか? 彼の本性が目の前にいる夫から見えてこない。 そんな夫婦の肖像ともいえる作品だろう。 冒頭、するりと服を下ろし、全裸の後ろ姿のアリス=ニコール・キッドマンが映し出される。 官能の扉が開く予感に満ちたようなシーン。 突然、黒いシーンで映像がシャットされる。 次に、寝室でパーティに行く準備をしている普段の彼らが映し出される。鏡に向かって髪の毛を整えている夫の傍らで、妻はドレス姿でトイレの便器にまたがり用を足しながら会話をしている。「私きれい?」夫は妻を見ないで「美しいよ」と答える。「私を見ないで?」「君はいつだって美しいよ」トイレットペーパーで拭いて流すシーンまで丁寧に描かれている。 パーティの席でのアリスはにこやかに振る舞い、ダンスに誘われた男の前ではミステリアスな雰囲気で、ひと時のアバンチュール気分を楽しむ。でも裏に回れば、パーティにはうんざりしているんだろう、シャンパングラスでがぶ飲みするといった素顔を見せる。 家に居るときの彼女は、眼鏡をかけ、髪を適当に結い上げ、夫の前でも大きな口を開けてあくびをしたり……装った顔と普段の顔を上手に使い分けている。仮面の下で自分が何を考え、思っているのかも彼女は知っている。 それに比べて夫のビルは、感情的にならず、常に穏やかで、誠実で、患者の前であれ、看護婦の前であれ、妻の前であれ、モーションをかけられた女性の前であれ、同じ顔で接している。仮面の下に別の自分がいるなどとは、彼自身、そんな意識はないのだろう。そういう自覚すら持ち合わせていないのかも知れない。 それが、初めに書いたように、アリスの「あなたの本性が知りたいの」という悲痛な訴えにつながり、自分の性的な夢想の告白につながる。 このアリスが夫に向かって切々と語るこの場面は、同じ女性としてとてもよく分かる。 そんなアリスの言葉にビルは戸惑ってしまう。 横道にそれるけど、私も亭主と結婚する前、まだ学生時代で、まだガキだった頃。こんな生々しい状況ではないのだけれど、同じような台詞を彼に向かって言ったことがあるんです。「本音を見せろ!」って。弱い部分とかも曝け出して欲しかったんですね。「出しているつもりだ」って。出し方と受け止め方。そんなことを知ったようにその時に思いました。ちょっと重なったから余計にこの時のアリスの言葉に実感ありました。 そして妻の告白に、彼は妻とその将校が愛し合う姿を思い浮かべ、それに刺激されたかのように、彼の性の彷徨が始まる。夜の街を彷徨う。急死した患者の通夜に訪れた彼は患者の娘から愛を告白されたり、町で誘われるままに売春婦の部屋に行ったり、友人がピアノ演奏をする秘密めいた仮面パーティを知り、招待客のふりをして会場となる屋敷にもぐりこむ。儀式とその後に続く乱交パーティのごとき狂宴。夢か…現実か…。 しかし、正体がばれて仮面を剥がされビルは脅されて屋敷から追い出される。 忠告にも関わらず、そのあと彼は屋敷で行われた秘儀と何があったのか探ろうとする。そんな彼の行為は、彼自身の闇に目を向けるよりも、まるでそれから目をそらすかのように、自分のおぞましい内面を、屋敷の事件にすり替えようとしているのかもしれない。彼はいつも、いままでも自分の人生の中でも、そうしたものから逃げてきたのかもしれない。 そんなビルに突きつけるように、仮面パーティで被っていて、失くしたはずの仮面が、ベッドで寝ているアリスの傍らに置かれていた。見たくないもの、l知られたくない、目をそらしてきたものl。ビルのそんな闇の部分が刻み込まれたその仮面を目の前にして、ビルは泣き崩れ、妻に全てを打ち明ける。罪悪感、後悔、恐怖そういった感情が一気に彼を襲ったのだろう。 ただ言えるのは、ビルがようやく、自分の心にあったものをアリスに見せたこと。 仮面の下に隠れた互いの素顔と向き合うところまで、この夫婦は辿りついたということだろう。 翌日、クリスマスの買い物に普段と変わらぬ風に娘と接する妻の傍らで、今まで持っていた価値観や虚像が崩壊してしまった夫は、拠所を見失った風に頼りなげに妻と娘に付き従って歩いている。 妻は夫に語りかける…… アリス:私たち何とか無事に切りぬけられたと思うわ。それが現実であれ、夢であれ。 ビル:・本当にそう思うの? アリス:一夜の現実は、いうまでもなくこの人生も、真実になりうると信じているわ。 ビル:どんな夢も、ただの夢じゃない。 アリス:大事なことは、私たちは今、目覚めているってこと。そして願わくば、この先も長くね。 ビル:永遠に? アリス:永遠…その言葉は嫌いだわ。怖くなる。でも、私はあなたを愛している。私たちできるだけ早く、しなくちゃならない大事なことがあるのよ。 ビル:何? アリス:ファックよ。 建前が崩れ落ち、本音がむき出しになって気弱に項垂れる男に比べ、女は、本音で現実的に生きているのだろう。自分の夢に怯え、夫の胸にすがっていた妻のアリスが、最後に女の生きる強さを見せているのも面白い。女は本音で生き、男は社会的建前で生きる。 一つの危機を乗り越えた夫婦の肖像。 「EYES WIDE SHUT」 この言葉と本作の捉え方は、人によって、年齢、経験、そのときの心の有り様で、それぞれの解釈があるだろう。 ここで面白いのが、アリスは寝ているときに見た夢の中で、多くの男達と関係を持ち、そこまで行ったのに対し、ビルは、現実の行為において、何人かの女が彼の目の前に表れるけれど、なんらかの要因で中断してしまっている。 目を開けた中=現実でビルが行けなかったのに、目を閉じた中=夢でアリスはそこまで行っている。 アリスが自分の奥底にあるものを素直に見つめたのに対し、ビルはその闇から逃げようとしていたことによるのかもしれない。 本作についての評価は「傑作」と「駄作」に二分し、キューブリックはこの作品を「生涯の最高傑作」と称したが、亡くなる2週間前に友人で俳優のリー・アーメイに電話で「この作品は、クルーズとキッドマンが滅茶苦茶にした完全な駄作だ」と語った暴露記事もでた。どれが真実か? 何が本当なのか? 私はというと、描いているテーマについては受け止めることができても、西欧社会での結婚観、夫婦の在り様、原罪に対する意識……そんな国民性とか文化の違いというものをやはり感じてしまうところがあった。 見る年齢、見る位置が変われば、又違う見方、何かに囚われず<YES WIDE SHUT>で観る事が出来るだろうか……。 スタンリー・キューブリック12年ぶりの監督作品。撮影現場で何度も何度も脚本を書き直したという本作は、キューブリックにとっては撮らなければならなかったテーマだったのだろうと思う。骨身を削って自らと向き合って撮った映画だろうと思う。完全主義者といわれたキューブリック。本作、少々弄繰り回しすぎて、切れが落ちた? という気もするけれど……。 いつもならラストのその一瞬に、静かなラストであっても、とどめの一瞬のように、改めてキューブリックの世界に引きずり込まれるのだけれど、彼の遺作となった本作で、いつもの感動がもらえなかった、又は私の読みが浅いのか感じられなかったのが、残念に思う。 キューブリックがこれを撮った年齢になって観たら又違った見方が出来るのかもしれないけれど……彼も普通の人で、普通の男なんだって思った。案外、彼は人一倍、自分の中のおぞましいものに敏感だったのかもしれない。 夫婦役を演じた当時はまだ夫婦だったトム・クルーズとニコール・キッドマン、本作での彼らは今まで観てきた彼らとは、また違った雰囲気で私には結構いい印象でした。 ただ、キッドマンの舐めるような台詞の言い方には、相変わらず、ちょっと引っ掛かるけれど……。トム・クルーズは、“脂っこさ”や“くどさ”が抜かれて、自分がよく見えていない、人柄はいいけれど、人間的な深みに欠ける、といったそんな男をうまく演じていた。(地かも知れないけど…)。これもキューブリックのなせる技だろう。ただ、背が低いのがね…。 ちなみに、映画の関係資料によると当初、キム・ベイシンガーとアレック・ボールドウィンご夫妻も候補として上がっていたそうだ。(キム・ベインシンガー…このキャスティングだったらゾクゾクしそう。「ドア・イン・ザ・フロア」の彼女良かった!) 監督: スタンリー・キューブリック 製作: スタンリー・キューブリック 製作総指揮: ヤン・ハーラン 原作: アルトゥール・シュニッツラー 脚本: スタンリー・キューブリック/フレデリック・ラファエル 撮影: ラリー・スミス 音楽: ジョスリン・プーク 出演: トム・クルーズ (ビル・ハーフォード) ニコール・キッドマン (アリス) シドニー・ポラック トッド・フィールド マリー・リチャードソン アラン・カミング マディソン・エジントン トーマス・ギブソン レイド・セルベッジア リーリー・ソビエスキー ヴィネッサ・ショウ
by mchouette
| 2008-02-01 00:00
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