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季風中的馬
SEASON OF THE HORSE 2005年/中国/105分 at:シネ・ヌーヴォー モンゴル国に隣接する中華人民共和国・内モンゴル自治区。 砂漠化する内モンゴルの遊牧の民を描いた物語にも惹かれるけれど、予告編の映像で、どこまでも広がるモンゴル平原の暮れなずむ空を背景にした一頭の白い馬のシルエット。乾いた土くれだった大地にただ一頭つながれた白い馬の映像に、とても心惹かれて観た映画。「白い馬の季節」 ![]() 監督は内モンゴル自治区出身の俳優ニンツァイの監督デビュー作。監督と脚本と主演の3役をこなしている。撮影は、アン・リー監督「ウェディング・バンケット」、チャン・ヤン監督「胡同のひまわり」ポン・シャンレンの「上海家族」などを撮っている台湾出身のジョン・リン。 数世紀にわたり遊牧生活を続けてきた内モンゴルの遊牧の民が、押し寄せる環境の変化の中で、その民族の伝統を捨てざるを得ない状況に追い込まれている。遊牧民として生きていこうとする夫と、砂漠化が進む中で羊たちが次々と餓死する中で、子供の学資もつくれない遊牧の生活を捨て、都市で暮らそうと考える妻。 旱魃や、漢民族(中国人)の移住による人口増加、農地の拡大…様々な要因で進行する内モンゴルの砂漠化。 監督のニンツァイ氏は、ここ数年になって砂漠化が急速に進み、今まで利用可能だった草原の約53%が砂漠化しているという統計もある、と語っている。 馬に乗り、羊たちを移動させながら見渡す限りの内モンゴルの広大な草原で放牧生活を続けてきた遊牧の民たちは、草のなくなった大地で次々と餓死していく羊たちを前に、次々と遊牧の生活を捨て、職を求めて都会へと移り住まざるを得なくなっている。 「馬から降りて何をすればいいんだ? 俺に何が出来るんだ?」 遊牧の民として生まれ育ち、馬に乗り草原を駆けていた彼にとって困窮する生活に対する焦りと、全く違う世界で暮らすことの不安が渦巻く。 「ブロークバックマウンテン」で馬を降りカーボーイの生活を捨て町で暮らしたイニスが道路工事をしている映像、イニスの疲れた顔と重なるものがある。 ![]() 彼の家で唯一残された財産でもある「白い馬」を売ることを頑なに拒む。 ウンゲルの白い馬。馬は、モンゴル帝国ジンギスハンの子孫である騎馬民族として「馬上で生まれ馬上で死ぬ」といわれる騎馬民族の象徴でもあり、馬こそはウンゲルにとっては自らのアイデンティティそのものでもあるのだろう。馬を売るということは自らを捨て去るということ。 それに比べて妻は遊牧の民としてこのまま朽ち果てるより、馬を売って町で暮し現実の中で生きようとする。 そんな妻も、羊の毛皮を買いに来た商人の言い値で毛皮を売ってしまう。遊牧の民で暮らす彼らの、市場経済から取り残されている姿が浮き彫りにされている。 遊牧民の間でしか通用しないモンゴル語。 経済活動が活発化する中で、人々の生産活動の様相も変わり、都市化の波が地方にまで押し寄せる中で、そんな時代の波から取り残され、飲み込まれていくモンゴルの遊牧の民たち。 遊牧民に対する定住促進の措置。砂漠化を守ろうと鉄条網で草原を囲む政策。そんな国策も彼ら遊牧民たちの生活を根底から覆すものでしかない。 その一方で、遊牧民としての誇りを失うまいと孤軍奮闘するウンゲルの姿に、ジンギスハンの子孫を売りに肖像画で有名になっているウンゲルのかつての友は、忘れてしまった民族の誇りを思い出す。 都市の生活に疲れ遊牧の暮らしにあこがれる一人の男も登場する。 ラストでは、遊牧の生活を捨て、民族服を脱ぎ洋服に着替え、アスファルトの道を家財道具を積んだリヤカーで町に向うウンゲル達とは反対に、次々と草原の方向にむかうトラックがひっきりなしに通っていく。 ![]() 探検家の関野吉晴とモンゴルの少女プージェーの交流を追ったドキュメンタリー映画「プージェー」でも、ウンゲルたち家族と同様の問題が描かれていた。 関野氏たちとの出会いで、プージェーは大きくなったら通訳になりたいと話していた。小さいけれど、馬に乗り羊たちを追い立てる遊牧民のプージェーの瞳の輝きに感動した関野氏は、プーシェーが関野氏たちと出会ったことで、将来に対し遊牧の民と違う世界を知ったことに、いささかの悔恨を感じる一方で、これも時代の逆らえない波だろうと語っている。 「近代化が進み、草原の荒廃が進んでいる。映画を見る人にはそのような現実も受け止めてほしい」と関野氏は語っていた。 そして本作「白い馬の季節」のニンツァイ監督も、「私は遊牧民が今直面している困難を撮りたくてこの映画をつくりました。だから、街に出るにせよ草原に残るにせよ、どちらがいいかという結論を示すものではありません。ウルゲンにとって問題なのは、草原を去ること自体ではなく、草原を去ることによって知らない環境に放り込まれることです。」 そして、内モンゴルの遊牧民たちのこの状況は、その事情は違っても、世界中で起こっていることだと語っている。 遊牧の民とって家畜は天からの授かりもの。野に放つ時も天にお返しするという言葉で、畏怖と尊厳を持って扱われる。 家畜を食料として解体する行為は彼らにとっては神聖な儀式だ。「プーシェー」でも大事な客人である関野氏たちをもてなすために山羊の解体する場面があった。遊牧の民である彼らにとっては大地は命の源。解体に当たっては、彼らは大地に一滴の血も落とさない。神聖な大地を血で汚さないことと、一滴の血までも残らず戴くという遊牧の民の文化であろう。先日見た「いのちの食べ方」にはない食べ物となる生き物に対する敬虔さがある。 ![]() グローバル化が進む地球に住む我々……。 失われゆく大地と伝統と民族と誇りと……。 祖国を追われる難民たち……。 国が分断され、民族紛争の耐えない世界……。 原住民たちは開拓民に追われ、民族差別が未だに根強く残る世界……。 美しい映像だけれど、決して感傷的な映像ではない。 監督: ニンツァイ 脚本: ニンツァイ 撮影: ジョン・リン 音楽: オラーントグ 出演: ニンツァイ(ウルゲン) ナーレンホア (インジドマ) チャン・ランティエン (ツァオ)
by mchouette
| 2007-12-25 00:00
| ■映画
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