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ANGEL
2007年/イギリス・ベルギー・フランス/119分 at:テアトル梅田 フランソワ・オゾン監督作品「エンジェル」 短編王といわれた時代から、ホモセクシャリティを題材に、エロティックな潜在意識をくすぐり、皮肉やブラック・ユーモアをふりまき、オゾンの「毒」は「欲望の挑戦」「タブー侵犯者」「フランス映画界の問題児」といわれ、つねに人間の内面をいとも軽やかなタッチで抉り続けててきたオゾンは、「まぼろし」「ぼくを葬る」で「死の3部作」で人間の喪失感、「生と死」という人間の尊厳の領域までテーマを広げていき、さらに映像表現では常に新しい試みを行なっている。特に彼の長編作品を観ていると、前の作品で試みた手法を確実に血肉化しながら次の作品を撮っている。 ![]() 本作は、イギリスの女流作家エリザベス・テイラーの小説「エンジェル」を原作に、イギリスを舞台にしたフランソワ・オゾンにとっては初の全編英語ドラマ。 主役のエンジェルを演じるロモーラ・ガライ、エンジェルの作品を世に送り出す出版社社長にサム・ニール、その妻に、今ではオゾン作品に不可欠ともいえるシャーロット・ランプリング、エンジェルを敬愛する個人秘書ノーラ、エンジェルの母、叔母などなど起用する役者はイギリス人、画家でエンジェルの夫となるエスメ役のマイケル・ファスベンダーはドイツ人という顔ぶれ。 イギリス映画独特の固さ、生真面目さは感じられず、やはりオゾン作品に流れる、あの軽やかさ、柔らかさが上品に加わった作品に仕上がっている。 観ていて、若い頃、こんな風にスクリーンに描き出される世界を見ていたなっていう感覚に気づいた。スクリーンの世界は、見ている私とは別の世界。そんな別の世界の人間ドラマにじっと見入って観ていた、あの感覚。あの息遣い。鼓動と同じ歩みで繰り広げられるドラマ。 最近作で不満だったのが、この息遣いがある作品が少ないということ! そう、ウディ・アレンの「カイロの紫のバラ」でラストでミア・ファローが見せたスクリーンに魅入るあの表情。あんな表情で映画を観ていたそんな映画の世界をオゾンは見事に作り上げている。 映像作家オゾンの本作のテーマは、往年のアメリカ映画の様式の再現だったという。 またもやオゾンは新たな映像手法をものにした。まったくこの映像作家の野心の柔軟さには恐れ入るばかり。やっぱ、賢いんだなって感心してしまう。 オゾンは、この作品の前段として「スイミング・プール」を撮ったそうだ。 この作品で、ランプリング演じる女流作家の現実と、彼女の小説のフィクションの世界を入れ子構造で描くという映像で、観るものをあっけにとらせた。 夢見た人生と現実の人生。高慢なまでの強さと弱さ。傲慢さと素直さ。エンジェルという一人のアーティストの内に共存する実像と虚像を、くるくると変わる猫の眼のように巧みに描き出している。そして、その隙間から覗くエンジェルのグロテスクな部分を、オゾンはエンジェルの夫となる画家エスメが描いたエンジェルの肖像で見せつける。 オゾンは、画家がカンバスに描くように、彼はどこまで絵具を塗りこめ、どこで絵筆を置くか、その見極めを知っている映像作家だ。 一見、さらりと流れるように描かれているように見えるけれど、この加筆過ぎない絵筆の置き方が、映像に行間と奥行きを与えている。 本作で、その映像表現においてオゾンはまたしても確実に進化し、その映像世界はさらに広がった。 本作「エンジェル」観るものを裏切らないフランソワ・オゾンの野心作だ…と私は堪能した。 オゾン…素敵!の★が又一つ増えた! ![]() 監督: フランソワ・オゾン 製作: オリヴィエ・デルボス/マルク・ミソニエ 製作総指揮: ターニャ・セガッチアン 原作: エリザベス・テイラー 脚本: フランソワ・オゾン 撮影: ドニ・ルノワール 美術: カーチャ・ヴィシュコフ 衣装: パスカリーヌ・シャヴァンヌ 音楽: フィリップ・ロンビ 出演: ロモーラ・ガライ(エンジェル・デヴェレル) シャーロット・ランプリング(ハーマイオニー・ギルブライト) サム・ニール (セオ・ギルブライト) ルーシー・ラッセル (ノラ・ハウ=ネヴィンソン) マイケル・ファスベンダー (エスメ・ハウ=ネヴィンソン)
by mchouette
| 2007-12-23 00:00
| ■映画
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