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![]() 2005年/ドイツ・オーストリア/92分/PG12 at:第七藝術劇場 原題は「Our Daily Bread/日々の糧」 生きるために必要だった時代から、飽食の時代と言われる現代社会。いつでも、どこでも、どこの国のものでも、季節に関係なく食べられる社会に生きる私たち。そんな私たちの口に入る「食料」を生み出している現場の様子を描いたドキュメンタリー。 監督はオーストリア出身のニコラウス・ゲイハルター。作家性の強いTV映画やドキュメンタリーを得意としている映像作家だそうだ。 ナレーションや字幕説明は一切ない。 ただ淡々と食料が生産されていく様子と仕事に従事する人たちを描き出している。特定の地域や会社の話としてではなく、「自分が普段口にしている食べ物の生産現場」として観客が内容に意識を向けられるようにとの監督の意図によるもの。 全てに効率が必要とされている現代。野菜や果物だけでなく、家畜や魚でさえも大規模な機械化で効率よく生産・管理せざるを得ない現実を約2年かけて取材・撮影したそうだ。 「Our Daily Bread/日々の糧」 毎日の食卓からは想像もつかない、遠くかけ離れた光景。けれど食卓に直結している、一番身近なもの。 以前見た映画「フランスの思い出」で、パリから田舎に来た少年が、その夜の食事となるウサギの皮を剥いでいる現場を見て、のっけに田舎暮らしの洗礼を受けるシーンがあった。 少年が感じたであろう同じようなショッキングな光景に目を見張る。 そして、この作品は、そんな生産現場をスキャンダラスに暴くことが目的ではない。誰もが恩恵を受けているその事実を描いているだけ。 日々の糧が日々の暮らの視線からすっぽりと抜け落ち、恩恵を受けているその現場を知っている人が少ないし、知るには遠すぎるし、あえて知ろうとしていないという現実。 食べ物の生産と加工を行う作業は目につかないところで行われている。それを見せることにこそ興味を持った、とニコラウス・ゲイハルターは本作を撮ろうとした理由を語っている。 ![]() 飛行機で空から薬を散布する光景などは見知っている。野菜の収穫などは、こんなもんだろうとある程度は予想された光景。 しかし魚、鶏、豚、牛となると……。 こうなると想像の域を越えた現場の光景は、ただ眼を見張るだけ。 掃除機でゴミを吸い取るようホースで吸い取られベルトコンベヤーに乗せられた鮭。次の工程では頭が切り落とされ……機械の組み立て作業のようなシステマティックな光景。 ![]() 長い廊下にドアだけがならんでいる建物内。研究室のように見えるけれど、全て鶏卵を孵化させる場所。コンテナがびっしりと詰まれた部屋。コンテナの中は卵から孵ったばかりのヒヨコ達が所狭しと入っている。コンテナの籠のまま荷台に積まれて次の工程のベルトコンベアへ。籠から落ちたヒヨコを拾って無造作に籠に投げ入れる従業員。ヒヨコは生き物ではなく完全に物。 ![]() ![]() 生育した鶏(ここは柵で仕切られた広大な運動場のような場所で平飼いされているようだ)は、トラクターにつけられた大きなホースが、次々と鶏を吸い込んでいく。次に出てきた時はコンベアに逆さ吊りされた鶏。従業員が淡々と喉を切っていく。次の工程では完全に羽毛がなくなった剥き身の鶏。 動物が食材となてっていく光景は豚であれ、牛であれ光景は同じ。 ![]() 生まれた子豚も、コンベヤーに追い立てられ、雄はその場でカプセルみたいなとこに固定させられチョンと去勢され、元のコンベヤーに戻されて……。 去勢し犬歯を抜いたりするのは、大きくなって凶暴になって他の豚の身体を傷つけないようにするため。 製品目的で次々と採取される牛の精液。メス豚にパイプを突っ込んで人工授精……。 牛は写真↓のように1頭ずつカプセルに入れられ、ギロチン台のように首だけ出して頭に電気ショックを与えられる。危険を察知して中には頭を振って抵抗する牛もいるけれど身体は動けない状態なので、それもあっという間。血液が凝固しない心臓がまだ動いている間に、腹を割き血液や臓液を抜いてしまう。血液と臓液が口と裂かれた腹から噴出する。皮がローラーで剥ぎ取られる。逆さに吊るされた牛の身体は、大きなモーター音が唸る巨大な電気鋸で真っ二つ。 巨大なモーター音だけが残っている……。 ![]() ニコラウス・ゲイハルター監督は、できるだけ客観的な視点で描きたかった、と語っている。 「僕が興味あるのはなんでもかんでも機械で出来るという感覚や、そういった機械を発明しようという精神、それを後押しする組織です。それはとても怖い感覚で、無神経であると思います。 そこでは植物や動物も製品同様に扱われ、産業として機能させていくことが、非常に重要になっています。」 「これをスキャンダラスというならば、僕たちの暮らし方もスキャンダラスということになります。」 「誰もが皆機械化に頼って国際化した産業の恩恵を受けています。そして、これは食べ物の世界に限った事ではないのです。」 観るべき映画であり、知るべき光景だと思う。 映画みて直ぐの感想では、とにかくもこの映像だけでも記事に…という思いで記事アップしました。映像から感じたこと、考えたこと、あれこれ頭に浮かんだけれど、なぜか言葉にすると嘘っぽくなる気がして、監督のメッセージを私の感想を語ってくれるものとして掲載しました。生命の連鎖、食べ物の連鎖…命が命を食べて命を維持していくという自然の素朴かつシンプルな論理が、人間の欲望にすりかわると、かくも人間不在のシステムになっていくのか。食べ物、環境、戦争…みんな根っこは同じ。 話がとぶけど、戦争だって、人と人が相対して刃を交える戦いが、これも欲望が肥大化すると、ボタン一つの戦いになり、ジャーヘッドでも描かれていたけれど、人間不在の戦争が生み出される。人間の欲望を満たした結果が人間疎外の世界を作り出すというこの皮肉な結果。そして地球規模で自然の論理のバランスが崩れているということ。 この映像観ていて強く思ったのが、豚や鶏肉、牛、魚など人間は生命を維持するために彼らの命をもらって食べている。この現場はきちんと子供たちにも見せないといけないんではないかなって思う。血を流す生命の現場。こうやって人間は生きてるんだってこと。この生命の重みをきちんと教えていかなければいけないじゃないかと思う。 ![]() 監督・撮影:ニコラス・ゲイハルター 編集:ウォルガング・ヴィダーホーファー 脚本:ウォルガング・ヴィダーホーファー/ニコラス・ゲイハルター 音楽・整音:ステファン・ホルツァ/アンドレアス・ハンザ 他 リサーチャー:デイヴィッド・バーネット他
by mchouette
| 2007-12-18 18:41
| ■映画
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