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CEUX QUI M'AIMENT PRENDRONT LE TRAIN
1998年/フランス/120分 パトリス・シェロー(1944年~ )。 フランス演劇界における演出家と知られ、俳優養成学校を創設し多くの俳優を養成し、彼らはパトリス・シェロー門下生と呼ばれ、また映画監督としてもカンヌ映画祭審査委員長を務めるなどの活躍をしている。シャーロット・ランプリングを主役にファム・ファタールをテーマにした「蘭の肉体」(1974)、ジャン・ユーグ・アルグラードの映画デビューでもある「傷ついた男」(1983) イザベル・アジャーニとシェロー門下生が勢ぞろいした「王妃マルゴ」(1994) そして本作 (1998) 見知らぬ男と女が、肉体関係を通して親密な気持ちを抱いていく様を描いた「インティマシー/親密」(2000)そして、死に行く兄とそれを見守る弟を通し、人間の死と再生を描いた「ソン・フレール 兄との約束」(2003)。 その中でも、本作「愛する者よ、列車に乗れ」はシェロー作品の中でもとりわけ好きな、というより心惹かれる作品だ。でも、巷ではどうも好き嫌いの評価が分かれているみたい。 本作ではシェロー門下生が勢ぞろいというのも嬉しい。 先日の「離愁」で久々にジャン=ルイ・トラティニャンを見て、いそいそとビデオテープを取り出して本作を鑑賞。ジャン・バチストと双子の弟リュシアンの二役をしている。 ![]() パリに住む画家であり美術教師でもあったジャン=バチスト・エムリックが亡くなった。 「私を愛する者よ、リモージュ行きの列車に乗れ」 生前の彼と関わりのあった者たちは、彼の遺言に従ってパリ・オーステルリッツ駅から、葬儀に参列するため彼の故郷であるリモージュ行きの列車に乗り込んだ。 挿入される生前のアトリエのバチストとテープからの肉声。リモージュで2代続いた靴工場の長男として生まれ、その家業を嘲笑的に自虐的に語っている。その声と語りから、かなりのカリスマ性をもった人物であり、バイセクシャルでエゴイスティックで教え子達も含め何人もの男たちとベッドを共にし、その愛欲を創作のエネルギーにしていったであろうことも想像できる。 手持ちカメラで、駅で列車に乗り込む彼らの姿を一人ひとり追いかけ、会話を拾っている。 こんなドキュメント風のシーンから彼らの人間模様がクローズアップされ生々しく浮かび上がってくる。こんな冒頭の映像からぐんと引き込まれる。 葬儀という儀式は、その「死」が彼らをセンシティブにするのか、それぞれに抱えている問題により敏感な反応を引き起こす。そして一堂が集まることで、今までやり過ごしてきたことと向き合うことも出てくる。バチストとの関係の中で収まっていたことが、彼が死んだことで、自分達が抱えているそれぞれの問題を彼等自身が自ら引き受けざるを得なくなる。 例えば、バチストの甥であるジャン・マリは、故郷の父よりも父の双子の兄である伯父のバチストを心の父と慕い、故郷を出てバチストのいるパリに住んでいる。葬儀で故郷に帰ることによって疎遠だった父と顔を合わせることになり、父との確執と向き合うことになる。バチストが赤の他人である看護士の娘に全財産を相続したため相続の問題も出てくる。そして、別居中の妻のクレールと顔を会わさなければならない。 ルイはバチストの元恋人であったフランソワを愛しているけれど、列車に乗る前にフランソワを探しているときに、駅のカフェで見かけた美少年に心惹かれ、同じ車両に乗っている彼に声を掛け、トイレで愛し合った。ルイが好きになった美少年ブリュノは実はバチストノの最後の恋人であり、フランソワとも関係を持っていて、そして彼がエイズだという事実をフランソワの口から聞き、いろんな意味でショックを受け、途中で停車した駅で彼は列車から降りてしまう。 バチストに対する愛憎、嫉妬、愛の葛藤、彼らの様々な感情を孕んだ列車はリモージュに向って走る。 そしてバチストの遺体が入った棺は看護士だったティエリーが運転する車で列車と併行して走っている。バチストと共にリモージュに向う列車の中の彼らの映像に、時折バチストの肉声が差し挟まれる。 主な登場人物 ●ジャン=マリ:ジャン=バチストの甥(シャルル・ベルリング) ●クレール:ジャン=マリの別居中の妻(ヴァレリア・ブルーニ=テデスキ)、 ●フランソワ:ジャン=バチストの元恋人(パスカル・グレゴリー) ●ルイ:フランソワの現在の恋人(ブリュノ・トデスキーニ)、 ●ブリュノ:ジャン=バチストの最後の恋人(シルヴァン・ジャック) ●エロディ:ジャン=バチストの遺産相続人となる少女(デルフィーヌ・シルツ) ●カトリーヌ:エロディの母(ドミニク・ブラン) ●ティエリー:エロディの父でありジャン=バチストの看護士(ロシュディ・ゼム) ●ヴィヴィアンヌ:ジャン=バチストの教え子でフレデリックという名の男性だったが、性転換手術をした(ヴァンサン・ベレーズ) ↓2枚目の右側がヴィヴィアンヌ ●リュシアン:ジャン=バチストの双子の弟(ジャン=ルイ・トラティニャン/バチストと二役) ![]() 列車から、リモージュ駅、墓地、そして彼の生家へと、舞台が移り、葬儀が終った夜のエムリック家で、バチストという一人の男でつながっていた関係が崩壊し、そして、彼らは一人ひとりバラバラになったとき、バチストに繋がるそれぞれに抱えていた問題、愛憎、確執、葛藤が一気に噴出したように彼らの口から語られていく。 そして、彼らの中にあったバチストという大きな軸を失った彼らは、又その呪縛からも解き放たれ、それぞれに明日への不安と希望を抱き自らの愛と人生を見つけていく。彼の死から抜け出されず立ち止ったままの者もいつかは歩き出さなければならない。 バチストの愛弟子であったフレデリックは性同一障害から性転換手術をし、ヴィヴィアンヌと名乗り女として葬儀に参列した。 「今日はフレデリックのお葬式にも思えたの。二人のお葬式よ。別の言い方をすれば新しい出発よ」とヴィヴィアンヌは語る。 夜中にシャワーを浴びるヴィヴィアンヌは女性の胸をもち、ペニスも持っている。 女であり男でもあり、そして一人の人間であるということ。 死と生は異なるものではなく、同じものであるということ。 朝の光と夜の闇 異性愛と同性愛 抗う人生と受け入れる人生 平凡な人生とと非凡な人生 非凡な人生を求めたバチストは、私の人生など詰まらん。芸術とか絵のことを話すのもうんざりだと人生に疲れた男で幕を閉じたのに対し、兄に人生を奪われ、故郷で靴の製造業を地道に続けてきた弟のリュシアンが、しがらみから解放された自由な人間としてジャン・マリの前に立つ。 「世の中は厄介だ」とリュシアンは語り、「誰にとっても人生って厄介なものね」とクレールは語る。 その言葉には諦めとは違う、「でも、生きていく。だからこそ前を向いて生きていく」という人生に対する潔さを感じる。 彼らの長い夜が明け、カメラは鳥瞰するように朝の明るい陽光の中のリモージュの町を映し、線路を辿りリモージュ駅を映しそして広大な墓地を映し、墓地の後ろに続く広く瑞々しい森を映し出す。解き放たれたような映像がどこまでも続く。天空からバチストが彼らを見ているような。そして故郷の空と緑に彼自身の浮世から解放されたような、そんな清々しさのある映像。 そんな朝の光の差し込む墓地を一人歩くフランソワの姿。 ルイはエイズに冒されたブリュノを受け止める決意をし「怖い。でも彼が必要だ。きっと向き合える」とフランソワに語るルイ。「向き合えない時もあることを知っているだろう」と言うフランソワ。そしてルイがいるホテルに向うブリュノにヴィヴィアンヌは励ます。「何かが起きる。誰かが訪れる。希望を持つのよ。死に逆らうのよ」 「相手のクソまで我慢できないと愛じゃない。困難を乗越えて本物に達する。それが友情や愛情だろ? お互いが引き裂かれ、暴力もありうる。限界などないんだ」フランソワの脳裏には生前のバチストの言葉が蘇ってきたことだろう。 彼の姿には、ルイとブリュノとの愛から逃げた一人の人間の姿とも映るだろうけれど、彼は常に傍観者である自分を知っているのかも知れない。傍観者の眼でバチストという人物を見、理解し、そしてバチストを一番愛していたのは彼かもしれない。彼が案外ずっとバチストの「死」を抱えて生きていくのかもしれない。とすれば、愛に限界があると言っていた彼だが生の限界である「死」を超えてバチストを愛するという、自分の中のバチストに対する愛にようやく気がついたのかも知れない。不幸でもあり幸福でもあるのかも知れない。広大な墓場を歩くフランソワの姿は印象に残るシーンだった。 パトリス・シェローはとても示唆に満ちたテーマをこめて一人の人間の「死」と、残ったもののそれぞれの生を描いている。そして彼等一人がとても生々しく、そして清々しく描かれている。 そして、画家であったシェローの父の名前がジャン=バチスト・シェローであったことから、ジャン・バチストの死と残された者との関係は、実の父の死を味わったシェロー自身が多分に投影されているのかもしれない。 本作は、ジェフ・バックリィの「LAST GOOG BYE」「MOJO PIN」、DOORSの「BREAK ON THROUGH」、ビョークの「ALL IS FULL OF LOVE」などなど、いろいろな楽曲が使われていて、それが劇中の彼らの心情と重なっている。 そして、棺を抱え墓地へ向かう時、マーラーの絶筆となった交響曲第10番の第1楽章のアダージョが使われている。引き込まれるような死の闇と沸き起こるエネルギーを感じる荘厳なるメロディ。シェローが本作で描こうとしたテーマと繋がるものを感じる。 そしてこの曲は、葬儀に参列する一人が肩に掲げたテープレコーダーから流されるという演出に、この作品を極めて日常的にリアルに描こうとするシェローの感覚が光っている。 このシーンは映像にはありませんけど、3人の雰囲気が良く出ている。 ![]() ブリュノを演じたシルヴァン・ジャックの子供と大人、男と女の中間に位置するような雰囲気。シェローが見つけてきた新人で演技は初めてとのこと。この後、「ソン・フレール」でも出演していた。 そしてフランソワ役のパスカル・グレゴリーの感情を隠し持った表情といいシニカルな表情といい、こういう演技は彼は上手いです。それからジャン・バチストとリュシアンの二役を演じたジャン=ルイ・トラティニャンはますますもって渋い味わい。 圧巻はなんといってもヴァンサン・ベレーズの女装。最後のシャワーのシーンで泣きたいのをこらえ唇を噛み締めた彼の表情は一品! そうそう、ギヨーム・カネ君がヒッチハイカーでティエリーが運転する車に乗っけてもらい、道が分からず頭にきたティエリーの八つ当たりで訳分からずに車から降ろされてしまう役で出ていた。 監督:パトリス・シェロー 製作:シャルル・ガッソ 脚本:ダニエル・トンプソン/パトリス・シェロー/ピエール・トリヴィディック 原案:ダニエル・トンプソン 撮影:エリック・ゴーティエ 美術:リシャール・ペドゥッツィ、シルヴァン・ショヴロ 衣装:カロリーヌ・ド・ヴィヴェーズ 編集:フランソワ・ジェディジエ 録音:ギョーム・シアマ/ジャン=ピエール・ラフォルス 出演 ジャン=ルイ・トランティニヤン<ジャン=バティスト/リュシアン> シャルル・ベルリング<ジャン=マリ> ヴァンサン・ペレーズ<ヴィヴィアンヌ> パスカル・グレゴリー<フランソワ> シルヴァン・ジャック<ブリュノ> ヴァレリア・ブルーニ=テデスキ<クレール> ブリュノ・トデスキーニ<ルイ> ロシュディ・ゼム<ティエリー> ドミニク・ブラン<カトリーヌ>
by mchouette
| 2007-11-18 00:00
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