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HIDDEN 2005年/フランス・オーストリア・ドイツ・イタリア/119分/PG-12 ミヒャエル・ハネケの「ピアニスト」でかなり疲れた私には、本作「隠された記憶」は、劇場で見たときは絶えずジョルジュに対して不快な気分に陥ったものの、ハネケの仕掛けたものが見えてきて、私には本作は面白い作品といえる。「ピアニスト」を書いたら次いで「隠された記憶」もと思う。ハネケ監督作品について語ろうとすると、どこから手をつけていいか、語りだすとその映像からは幾重にも重なって言葉が飛び出してきて、語っているうちに収集がつかなくなる。一筋、二筋縄ではいかないテーマ、重複構造の映像は当たり前のハネケ作品。これもそうなると思うけれど、とりあえず感じたこと、思ったことを語るとことにしよう。 「“疚(やま)しい”ということがどういうことか、あんたを見てよくわかった」 自殺したマジッドの息子が、ジョルジュを尋ね最後に言った言葉。 「疚しさ」これが本作のキーワードだろう。 人気テレビ番組のキャスターであるジョルジュはフランスの裕福な中産階級で、雑誌編集者の妻アンと12歳の息子ピエロと知的な雰囲気の中で暮らしている。 そんな彼の元に差出人不明の隠し撮りのビデオテープ、口から血を吐いている子供の絵などが自宅に届けられたことから、6歳の時に一人のアルジェリアの少年マジッドに対して行った行為(嘘と告げ口)が明らかにされていく。それは、彼にとっては触れたくない記憶なのだろう。 ジョルジュの家で働いていたマジッドの両親が、パリのアルジェリア人大虐殺によって生命を失い、ジュルジュの両親はマジッドを養子として引取った。彼を家に入れたくなかったジュルジュは、マジッドが血を吐いて悪い病気を持っているとか、斧で僕を脅したとか両親に嘘の告げ口をし、マジッドにも嘘をついて鶏を殺させるなど、この一連のマジッドに対するジョルジュの嘘と告げ口から、マジッドは施設に入れられることになった。 それは当時の彼にとっては単なる子供じみた無邪気で残酷な行為であったかもしれない。 けれど、その背景にフランスのアルジェリア人の大虐殺と関わりがあるとなると、状況が変わってくるだろう。 フランスの汚点ともいえるこの大虐殺は、インテリ階級に属し、テレビ番組の人気キャスターであるジョルジュであるならば、当然関心のあるべき歴史的事実だろう。そして、マジッドの両親の死の意味、マジッドのおかれた境遇についても充分理解しうるだろう。しかし「小さかったから覚えていない。」挙句はビデオテープを送ってきたのはマジッドだと決めつけ、被害者意識で彼を非難する。過去の自分の行為と向き合おうとしないジョルジュ。 それは、アルジェリア人の虐殺の事実を当時のフランス当局は認めようとしなかったことと重なる。 1961年に起きた、このアルジェリア人虐殺とは、アルジェリア戦争の末期、アルジェリア民族解放戦線の呼びかけでにパリで行ったアルジェリア人達のデモに対しフランス警察がパリ市内至るところでアルジェリア人に対する虐殺を行い、虐殺を免れたアルジェリア人も逃げ場を失い、次々とセーヌ川に身を投じたという。死体もセーヌ川に捨てられ、セーヌ川は血の色で染まったが。翌日のパリ警察からの死者の発表はわずか2名だった。セーヌの岸辺におびただしい数の死体が打ち上げられていっても、警察はこの死者の数を訂正しなかったという。 そして、ジョルジュの作中での台詞をかりるなら、アルジェリア人の虐殺について当時の警視総監は「パリからクロンボを追い出してやった」と言ったという。 ジョルジュも、嫌な奴がいなくなればそれでよかった。いなくなったのでそのまま彼のことは忘れてしまったと妻のアンに語っている。 ジョルジュとマジッドの関係、そして、この時のフランスとアルジェリア人との関係、この二重構造としてハネケは描いているのだろう。ハネケのメスは、ジョルジュという男の内面に切り込むだけでなく、フランスという国家、現代社会にまで切り込んでいる。ジョルジュは私たちであり、また国家がみせるさまざまな対応の顔でもある。 ミヒャエル・ハネケは、ジョルジュという一人の男の姿から、様々な関係における「疚しさ」と、そしてそれを感じた時に人はどのように反応するのかを鋭い洞察で描き出している。 隠されているのは「記憶」だけでない。記憶にまつわる感情がどのように人を捉え、どういう方向に向わせるのか、知識人の顔もつ男の人間性、彼を取り巻く家族も含めた人間関係のもろさや欺瞞性、優しさの下に隠された無関心……。見るほどに表の顔、言葉の下に隠されたいろんな表情、顔が見えてくる。それがこの作品の面白さだろう。それを日常の営みを淡々と描く中で潜ませているのだから、実に緻密に計算された脚本をハネケは作り上げている。 知識人面した顔の下から覗く欺瞞性、自己本位、自己顕示、自己防衛、競争心、差別意識、常に当事者とはならず責任の矛先を相手に転嫁する小心な狡さ。観ていてそんなジョルジュの姿に不快感を覚える。そしてそれは合わせ鏡となって観る側の中に潜む「疚しさ」も映し出す二重の不快感に他ならない。劇場スクリーンで見ているとき、正直絶えずジョルジュに対する不快感が付きまとっていた。 マジッドのことで生家に母親を訪ねたジョルジュと母親との会話に流れる微妙な空気。 母親に優しい言葉をかけるも、家族で一度も母親を訪ねたこともなく、母親が病気であることも尋ねていって初めて知った。家族それぞれに忙しいと言い訳をするジョルジュ。優しい言葉の下の無関心。自分の家族・個人を優先させるジュルジュ。マジッドについて、「母さんたちにとっては大事件だっただろう」と話すジョルジュ。そんなジョルジュに対し、母親は愛情を持った言葉だが、ジョルジュを切り捨てているかのように、その行間から感じ取れる。母親がマジッドについて黙して語らないのは、彼を施設にやってしまったことへの悔恨の痛みからだろう。 そして家族や周囲の人間たちに対して紳士的な態度を見せるジョルジュが、道路でぶつかった黒人青年に対して罵詈雑言を浴びせる彼に強い差別意識をみる。ぶつかったのが白人だったら…。 友人たちを自宅に招いたディナーの席で話題に出た友人の仕事の出来を気にするジョルジュ。 「プチブル・インテリゲンチャー」という言葉が頭に浮かんでくる。 ビデオテープにあったアパートを訪れたジョルジュは40年ぶりにマジッドと再会する。 ジョルジュが気づかなかった母の病気を案じるマジッドに、ジョルジュは「疚しさ」を覚えたことだろう。優位に立とうと躍起になってマジッドを抗議するジョルジュ。犯人はマジッドだと決めつけ被害者意識で彼を責める。「俺が、お前から何を奪うというんだ」「憎いなら俺を殴ればいい。インテリのあんたにそれが出来るか?失うものが大きいだろう」テープも絵も知らないと答えるマジッド。この様子を隠し撮りしたテープが、さらにジョルジュの家に届けられる。 無断外泊した息子のピエロについて、何も知らなかったことに気づく妻のアン。過去の記憶に対し嘘をつき自己弁明をする夫ジョルジュ。固い絆で結ばれていたかのようにみえていた家族の信頼が揺らぎ始め、不協和音が聞こえてくる。 ジョルジュの目の前でマジッドがナイフで首を掻っ切って自殺したのは、抑圧された者が自らの存在の重さを見せつけるためのものなのだろうか。それともジョルジュに対する楔なのだろうか。 そして衝撃のラストといわれる映像。何が衝撃なのか、マジッドの息子とピエロは面識があったということだろう。やっぱりなという感想。 マジッドの息子が下校時のピエロに会いに行く。学校の入り口の階段を上り、中から友人と出てきたピエロに声をかけ、二人で階段を下りて向き合って話しをしている。マジッドの息子がやや興奮気味で話しをし、ピエロはそれに頷いている風に見える。話が終わりマジッドの息子は立ち去り、スクリーンの右に消える。ピエロは階段を上り友人のところに行き、なにか話をし、そして友人と階段を下りて帰るピエロがスクリーンの左に消える。劇場でのスクリーンの左下に映る二人のこのシーンを見ながら、マジッドの息子がピエロに話しているセリフを私は考えながら見ていた。
マジッドが死に、幼い頃のジョルジュが願ったように、疚しさの対象であったマジッドが現実からいなくなったにも関わらず、その記憶はさらに深くジョルジュに刻み込まれ、これからも幾度となく彼の夢に現われることだけは確かだろう。隠しても、断ち切っても一つの罪がつけた傷は消えることなくあるということだろう。それにどのように向き合うのか。それが問われるのは個人であり、人類であり、国家であり……。 過去の一つの傷口から、ハネケはじつに様々な人間の闇の部分を本作でも描いている。劇場で一度きりの鑑賞では、私は一方でビデオテープの犯人探しにちょっとはまり込んでみていた感がある。まんまとハネケの仕掛けた罠に落ちたのかもしれない。もっと大事な考えるべきことは、そう簡単には親切に観客には引き出せないように仕組んでいるのだろうか。観客のレベルを試すハネケ作品は一度の鑑賞では充分に味わい切れない美味しさがある。 監督:ミヒャエル・ハネケ 製作:ファイト・ハイドゥシュカ 製作総指揮:マルガレート・メネゴス/ミヒャエル・カッツ 脚本:ミヒャエル・ハネケ 撮影:クリスチャン・ベルジェ プロダクションデザイン:エマニュエル・ド・ショヴィニ/クリストフ・カンター 衣装デザイン:リジー・クリストル 編集:ミシェル・ハドゥスー/ナディン・ミュズ 出演: ダニエル・オートゥイユ( ジョルジュ) ジュリエット・ビノシュ (アン) モーリス・ベニシュー (マジッド) アニー・ジラルド (ジョルジュの母) ベルナール・ル・コク (ジョルジュの上司 ) ワリッド・アフキ (マジッドの息子) レスター・マクドンスキ (ピエロ) ダニエル・デュヴァル (ピエール) ナタリー・リシャール (マチルド) ドゥニ・ポダリデス カロリーヌ・バエル
by mchouette
| 2007-09-27 00:00
| ■映画
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