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![]() LA SCONOSCIUTA 2006年/イタリア/121分/ R-15 原題は「見知らぬ女(ひと)」 オフィシャル・サイト http://www.komoriuta-movie.com/ ジュゼッペ・トルナトーレ作品で感じるのは「運命」。その運命にどう向き合い、どう生きるのかを一人の人間を通してトルナトーレ監督は見つめていると思う。そして本作は、現代社会が抱える闇に放り込まれ、哀しみから自らの運命を知り、そこから這いずり生きようとする主人公イレーナの姿が浮かび上がってくる。 本作は、新たに創設された「ローマ国際映画祭」の第1回特別招待作品とのこと。ヴェネチア、トリノに次いでイタリアにおける3つ目の国際映画祭。今後どんな作品が選出されるのでしょうか。 ……………………………………………………………………………………… ジョゼッペ・トルナトーレ監督の前作「マレーナ」は、モニカ・ベルッチを主役に、その美しさ故に戦争というその時代に翻弄された一人の女性を、思春期の少年の目を通して描いた作品。イタリアのシチリアを舞台に、第二次大戦下、戦争に赴いた夫を思うマレーナ。マレーナの美しさに、男たちは言い寄り、少年たちは憧れ、女たちはそんなマレーナに嫉妬する。マレーナの元に夫の戦士の報せが…そして父親も空襲で亡くしたマレーナは、生きるために髪を切り、赤い口紅を塗り、ドイツ軍将校たちの情婦となる。ドイツ軍が敗戦するとナチス・ドイツに通じた女として引きずり出され、髪を切られ、罵られ、町を追われた。戦死したはずの夫が片腕を失って帰還。マレーナのことを知る。「戦場では何人も殺した。お前は何も悪いことはしていない。お前もそうしなければ生きていけなかったんだ。悪いのは戦争だ」そういってマレーナを無理やり市場につれて行く。初めは好奇の目で見ていた人々だったか、あの時マレーナをリンチした女性が声をかける。挨拶をするマレーナ。皆はマレーナを受け入れる。 ……………………………………………………………………………………… <ネタバレかも> それから6年の歳月を経てトルナトーレ監督が撮ったのは、ウクライナから移民してきた一人の美しい女性イレーナの物語。彼女もまたその美しさゆえに、現代のヨーロッパが抱える冬の時代に翻弄され、陰惨な運命におとしめられたといえるだろう。 イレーナが味わった過去は、移民の厳しい実情、そして特に若い女性たちの悲劇を物語ることの一つといえるだろう。「ウクライナ出身」…この言葉から、本国やヨーロッパ諸国では、本作のイレーナがイタリアに移民してからの忌まわしい運命というのは容易に想像がつくのかもしれないけれど、日本人である私には、正直いって実感が湧いてこなかった。案外、こうした受け止め方の違いで、本作の見方が随分違ってくるのではないだろうか。 本作に限らず「移民」をテーマあるいはモティーフとして描いた作品は多い。移民問題は、現代のヨーロッパ・アメリカにおいては深刻な社会問題として暗い影を落としている。 イレーナの過去は決して特異なものではなく、移民の置かれた悲惨な実態をトルナトーレ監督は本作で描きだしているのだろう。浮かび上がってくるもう一つのテーマ「移民」。 冒頭シーン。アドリア海から吹く風が頬に冷たい北イタリア・トリエステの冬。バスから降り立った女が一人思いつめた表情で街を歩く……。女の名前はイレーナ。誰も知らない。イレーナの心情を物語るようにエンニオ・モリコーネのメロディは観るものの胸を掻きたて、そして奥深く沁み通る。 陰惨な状況に身を沈めたまま生きざるを得なかったイレーナの過去。そのために、愛する恋人を失い、産み落とした我が子すらこの手に抱けず……。 そんな過去を振り切ってイレーナをトリエステに来させたのは、顔も知らない我が子への母性の力だろう。家政婦となったイレーナが、自己防衛本能に傷害を抱え、誰かに突かれて倒れてもただ泣くだけしかできず、抱き起こしてくれる人を待つだけの少女テアの姿に、かつての、弱く、自分の力で立ち上がろうとせず、「助けて、何でもするから」と泣いてすがることしか出来なかった自分の姿を見たのだろう。 イレーナの過去が蘇り、彼女の胸を抉る。 テアをしばり、突き倒し、立ったテアを又突き倒し「立つのよ!」といい続けるイレーナ。 「殴られたら殴り返すのよ。突いた子が誰かわからなかったら、側にいる子を殴るのよ。」かつて自分が持てなかった強さ、闘う力。 テアを叱咤激励するイレーナの姿には、状況に埋もれてしまった自分を悔いても贖いきれない過去の忌まわしさを振り切るような、自分自身に対する檄でもあるような、そんな必死さがひしひしと伝わってくる。「生きる」ことの凄みすら感じさせる映像だった。 カメラはイレーナにフォーカスして彼女の行動を追い続ける。そしてイレーナが捨て去った過去が、不意に彼女の中に蘇る。忘れたくても、心と身体に刻み込まれた生々しい過去。その過去があたかもイレーナの身体を貫くように、現在の映像に過去の映像がフラッシュバックで差し挟まれる。過去の傷の深さがヒリヒリと観るものにも伝わってくる。そして徐々に明らかになってくるイレーナの過去。 こういう演出がミステリー的な雰囲気を醸し出しているけれど、描かれているのは、一人の女性が突き落とされた運命、そしてそこから這い上がる強さ、母性という力だから与えられる勇気。そして戦争という冬の時代を経て、先進諸国が抱える「移民、難民」という新たな冬の時代。 トルナトーレ監督が投げかけたテーマは重くて大きい。そしてモリコーネの音楽が静かに、けれど力強く作品のテーマを支えていた。 エンニオ・モリコーネ 78歳。数々の映画音楽を作曲。作品タイトルを聞くとメロディが浮かび、ワンシーンが蘇ってくる。なんといっても今も鮮烈なのは「荒野の用心棒」のメロディ。この曲あってのマカロニ・ウェスタン、クリント・イーストウッドではないかしらと思うほどに、このメロディは強烈だった。 映画のコピーは「女は哀しみを食べて生きている」 ちょっと感傷的な表現には抵抗を感じる。生きることの凄みを描いた力強い作品だと思うのだけれど…。 イレーナ役のクセニア・ラパポルトはロシア出身の女優。知的で透き通るような美しさを持った長身でスレンダーな女優。 そして少女テア役のクララ・ドッセーナ。撮影当時は僅か5歳だったとはとても思えない演技。大きくて聡明そうな眼はしっかりとイレーナを見据えていた。 ジョゼッペ・トルナトーレ監督が描いたのは、一人の人間が、自ら陥った運命から這いずりあがろうと、もがきながらも生きようとする姿。それが間違いだらけであったとしても。前の住人が置き忘れた鉢植えの花を黙々と植え替え、部屋が荒らされ帰れなかった間に枯れてしまった花をまた植え替える。いつか花咲くことを願って……。トルナトーレ監督のメッセージだろう。 刑期を終え出所した彼女を待っていたもの……。最後にイレーナのみせた微笑みは、彼女が待っていた花だったのかもしれない。 この作品は観ているときとか観終わった直後より、後から振り返った時、ゆっくりとその作品の味が蘇ってくる、そんな作品でした。 監督:ジュゼッペ・トルナトーレ 製作総指揮: ラウラ・ファットーリ 脚本:ジュゼッペ・トルナトーレ /マッシモ・デ・リタ 撮影:ファビオ・ザマリオン 美術:トニーノ・ゼッラ 衣装:ニコレッタ・エルコーレ 編集:マッシモ・クアッリア 音楽:エンニオ・モリコーネ 出演: クセニア・ラパポルト( イレーナ) ミケーレ・プラチド (ムッファ“黒カビ) クラウディア・ジェリーニ(ヴァレリア・アダケル) ピエラ・デッリ・エスポスティ(ジーナ) アレッサンドロ・ヘイベル (マッテオ) クララ・ドッセーナ(テア・アダルケ) アンヘラ・モリーナ (ルクレッツァ) マルゲリータ・ブイ (弁護士) ピエルフランチェスコ・ファヴィーノ (ドナート・アダルケ)
by mchouette
| 2007-09-22 00:00
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