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観たけども観なくてもよかったなと思った映画。まずはこの3作。
「アパッショナート」 「CLEAN」 「綴り字のシーズン」 アパッショナート 1994年/タリア/87分 「ぼくは、 あなたに、 癒されていく。」 痛い映画という触れ込みで観た作品だったけど、痛くも痒くも辛くも切なくもなんも無かった映画。「家の鍵」で好演だったキム・ロッシュ・スチュアート絡みで観た映画。 当時25歳だったキム・ロッシ・スチュアートを売り込むために製作された映画でしょうね。きっと。相手役はパトリス・ルコント監督作「髪結いの亭主」で注目を浴びたアンナ・ガリエナ。キム・ロッシ・スチュアートが演じるのはとても繊細な心をもっていて、社会から自分をまもる衣を持たず心が剥き出しのため社会に適合できない、心に病をもった一人の青年。 そんな彼が一人の年上の女性に恋慕い、毎日、手紙を書き花を贈る。 女性は入籍はしていないけれど、夫がいて小さな子供がいる。 青年のことをしり、彼の純粋さに女性も打ち解け、彼の癒しになればと語らい時間も持つようになる。女は青年のナイーブな心に触れ、彼の語る詩に、夫との生活とは違う新鮮さを感じる。夫も複雑な心境ながら、青年の心の病が少しでもよくなればと好意を示す。 けれど心が向う方に身体も向う。青年が女性に「一度も無いんだ」といってキスを求める。当然、若い身体は反応する。青年が一途なだけにのめりこみ方も一途。早い話がパラノイアかストーカー。 そんな青年の一途さに女性は怖さを感じ、青年から逃げる。イージーだなぁ。登場人物がどれもイージー。哲学ちゅーものが無いのか! 青年の焦がれる思いはどこにも当たらず空しく空に消えるだけ……。きっとこんな映像で母性本能をくすぐって、キム・ロッシ・スチュアートの魅力で女性のハートをわしづかみにしようと狙った作品でしょうね。「家の鍵」のキム・ロッシ・スチュアートの方がまだ良かったです。 美しい青年が焦がれる女性の姿を求めて街中を泣きながら歩く図なんて、撮り様によっては女性の胸にズキンとくるもんなんですけどね……。 アンナ・ガリエリも美しい顔立ちだけれど「髪結いの亭主」の魅力は無かった。キムも幽霊みたいにのろのろ歩くだけだし…。なんか汚らしくって、抱いてやりたいなんて気持ちは沸いてこない。顔が美しいだけでは駄目だということ。監督の演出なんでしょうね。 主役の二人が美しいだけでなく、そこからオーラが感じられなかったら、切ないラブストーリーにはならない。ストーリーがまたイージー。 見るほどのもんでもなかった。その後、口の端にも上らないのはそれだけ刻み込まれるものが無いからでしょう。キム・ロッシ・スチュアートも、その後映画の方でパッとしてませんね。いつも思うけど、予告編の映像って上手に作ってますね。 ちなみに本作は、「欧州州恋愛映像図鑑 DVD-BOX 1~こわれゆく愛~」に収まっています。 監督:アレッサンドロ・ダラトリ 撮影:クラウディオ・コッレピッコロ 音楽:モーニ・オヴァディア 出演: アンナ・ガリエナ キム・ロッシ=スチュアート マッシモ・ギーニ CLEAN 2004年/フランス/114分 主役のマギー・チャンが2004年カンヌ映画祭で主演女優賞を受賞した作品。 そして、マギー・チャンと本作監督であるオリヴィエ・アサヤスとは、マギー・チャンを主役に迎えた「イルマ・ヴェップ」(1996)で知り合い結婚し、本作「CLEAN」撮影現場で離婚届けにサインしたというエピソードは有名らしい。 アサヤス監督は2007年のカンヌ国際映画祭では「Boarding Gate」(2006)が特別上映され、またマギー・チャンは同映画祭で審査員を務めるなど、以降は2人とも活躍しているそうで、これは喜ばしいことですね。 アサヤス監督は「パリ、ジュテーム」でマギー・ギレンホールが出演した「デ・ザンファン・ルージュ地区」を撮ってましたけど、どんな監督かよくわからない。 これは日本では劇場未公開なんでしょうか。CSで先日、日本初放送作品として放映されてました。 物語は、ロックミュージシャンとして活躍していた夫リーがドラッグの過剰摂取から急死し、自らもドラッグ所持で逮捕されたマギー・チャンが、刑期を終え、パリで再出発を果たそうとするけれど、現実は予想以上に厳しく彼女は何度も挫けそうになる。けれどカナダに住む亡き夫の両親に引き取られている幼い息子ジェイと再び暮らす夢を支えに、必死に前進し続けようとする。そんな再生物語といえるでしょうか。 マギー・チャンは八方塞がりの中でもがく一人の人間を熱演してました。でも、出所してからもドラッグにイージーに手を出したり、やたら突っ張ってる姿には、どうも共感を覚えられなかった。 夫のリーが生きている時から、彼女への風当たりはきつかった。「ジャンキー女、疫病神」アジアの女がリーを駄目にした。そういう意識もあったのでしょうか。 ある女性が「ずっとあなたのファンだった。あなたは世間に媚びずに闘ってきたから」というシーンがあるけれど、その闘いが映像から見えるか、感じることができなかったからだろう。 再会した息子が、「ママがパパを殺した。ママがパパに薬を渡したからパパが死んだんだ。どうしてドラッグをやるの? パパは弱い人なの? 駄目な人間?」そんな質問をさせているんですけど、それ以上の葛藤はない。 「パパは弱くない。素晴らしい仕事を残した。だから苦しんだの。薬は力がでるから…。でも、後から大きな罰を受ける 私のように。今のママがそう」「薬は辞めたの?」「辞めたわ。お前のために。お前に会いたいから」 どうもワンパターン。 それで彼女は亡き夫の父親の励ましを受けて、最後のチャンスであるレコーディングにサンフランシスコに行く。父親役のニック・ノルティさんはいい味出してました。 でも、そんな彼も「生活が順調なときは何でもできる。だが難しいときの決断ほど大変だし、大切なんだ」 病める欧州諸国には、こういうストレートな内容、精神論が受けるんでしょうか。 新味が感じられなかった。主演女優賞受賞作品=観るべき作品。そんな図式は当てはまらないんですね。 そんな映画でした。 監督:オリヴィエ・アサヤス 出演: マギー・チャン ニック・ノルティ ベアトリス・ダル ジャンヌ・バリバール 綴り字のシーズン 2005年/アメリカ/105分 本作は、ストーリーみたら「かったるそう」って思って劇場鑑賞はパスした作品。 CSだかで放映していたので観ました。 3作の中では良かったかなと思える作品。 リチャード・ギア演じる宗教学者で大学教授のソール・ナウマンは、家では家事もこなす理想的な夫にして良き父親。一見何の問題もなく理想の家族に見えた一家が、娘のスペリング・コンテスト出場を機に、家族の中の様々なほころびが顕になってくる……。 アルファベット1文字1文字に意味を持たせるんですね。スペリング・コンテストというのは、アルファベットでできている英語と、ひらがなと漢字の組合せの日本語とでは、言語の認識、インプットの仕方が違うなぁって面白く観れました。難読症が英語圏で多いというのも頷ける。ストーリーと直接関係ない、こういうところは興味深く見れました。 ストーリーはというと、家族が夫であり父であるソールに精神的な抑圧を感じている。そんな抑圧から、ジュリエット・ビノシュ演じる妻は盗癖があり、長男は振興宗教に走り、自分の世界を守ろうとする。ソールはそんな家族の姿に気がつかず、娘の言語に対する鋭い感性に、自分の理想とする姿を求め、躍起になって娘と共にコンテストに取り組む。 家族の葛藤の中味を抉ることなく、表面的に描き、とてもイージーなハッピーエンドで終わっている。これも又、病めるアメリカに必要なのはバラバラになっている家族再生のハッピーエンドということなんだろうか。シリアスに病巣を抉れば、ほとんど絶望的なのだろう。 原作は読んでいないけど、同じような内容なのだろうか?少し気になる。 リチャード・ギアで気に入ってるのは「天国の日々」これは誰がみても素敵でしょう。あと「Dr.Tと女たち」のリチャード・ギアは私、気に入ってます。他の作品って彼は相手の女優の引き立て役っぽい感じでしょ? 今ひとつ作品での印象薄なんですね。彼ってとてもいい人なんでしょうね、きっと。自分を出す前に相手をたててしまう。そんな人なんでしょう。本作での彼は作品とは別に、いい雰囲気出していたと思います。 監督: スコット・マクギー/ デヴィッド・シーゲル 原作: マイラ・ゴールドバーグ 『綴り字のシーズン』(東京創元社刊) 出演: リチャード・ギア ソール・ナウマン ジュリエット・ビノシュ ミリアム・ナウマン フローラ・クロス イライザ・ナウマン マックス・ミンゲラ アーロン・ナウマン ケイト・ボスワース チャーリ
by mchouette
| 2007-09-08 07:12
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