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労働者3部作と称されているけれど、アキ・カウリスマキは敗者と呼んでいると語っている。あまりこだわる必要もないと思うので、「労働者3部作」としてまとめて3本UPします。
「パラダイスの夕暮れ」 SHADOWS IN PARADAISE 1986年/75分 労働者3部作・第1作目 ![]() アキ・カウリスマキ29歳の作品。ホテルのフロント係で1シーンだけカウリスマキ本人が登場している。 まだまだ初々しさの残る青年。 資本主義社会の糞ったれ! 俺たちはプロレタリアートなんだ! 若者の純でストレートな社会に対する気持ちをぶつけた、とても新鮮な作品と感じた。監督・脚本ともにアキ・カウリスマキ。29歳の若者の瑞々しさと、すでにその演出に職人的なものを感じさせる。特にセリフの妙がとても29歳とは思えないほど深みとひねりを感じさせる。 ジム・ジャームッシュが本作を「もっとも美しい映画の1本」と絶賛し、以降二人の親交は有名だ。 清掃局職員ニカンデルと元スーパーのレジ係イロナとの恋の行方を描いた作品。 本作製作の1980年代のフィンランドはそれまでの農業国からIT産業を中心に急速に経済成長を遂げていた時。社会の発展の波から取り残された者たちも多く、貧富の格差は激しい。 そんな取り残され底辺に追いやられた者たちを描いた第1作目。初めは、社会に対する3部作の構想はなかったらしいが、次作「真夜中の虹」でも同じような女性が登場することから、女性を描いた3部作を作ることにしたとのこと。 「あのゴミ男ね。クサイけど側にいると病みつきになるタイプね」イロナの友人がニカンデルを評して言った言葉。ダサくってちっともスマートじゃないけど味のある男…アキ・カウリスマキの作品でおなじみの男たちを見事に表現している言葉。 ラストが泣かせる。 改めて20年前のこの作品をみると、どんと1本の大きな幹が以降の彼の作品を貫いているのがよく分かる。 この作品はアキ・カウリスマキ作品必見の一作だと思う。 「真夜中の虹」 ARIEL 1988年/73分 労働者3部作・第2作目 ![]() 鉱山が閉山になり、なけなしの金も暴漢に盗られ、出合った女の家に転がり込み、定職を探すも、ままならず、自分を襲った暴漢の一人をみつけ殴ったことから、刑務所送りになる。脱獄し、このどん底から脱出するため、偽造パスポートを作るため強盗をして金を捻出し、あげく偽造組織に裏切られ、刑務所で相棒になった脱獄仲間を殺され、やむなく奴らを殺し、相棒を弔う。ゴミ捨て場に埋めてくれという相棒。死んだらゴミ、所詮、娑婆での俺はゴミ同然という自嘲か。 新しい人生の船出には、やはりこの曲が似合うのだろう。フィンランドからの密かな脱出を図るため、夜の海、手配するものの小船で停泊している客船に向かう男と女とその子供。 彼らの姿に重なるように流れる「Over The Rainbow虹のかなたに」。 歌っているのはフィニッシュ・タンゴの大御所、オラヴィ・ヴィルタ。 フィンランド語で聞く「虹の彼方に」もなかなか味がある。 ジム・ジャームッシュの「パーマネント・バケーション」でもパリへ向う船に乗った青年を見送るように流れていたのも、やはりこの曲。同世代であり、小津安二郎作品から多大な影響を受けてスタートしたジャームッシュとカリウスマキはよく比較されて語られる。作品に使用する楽曲にも拘りを見せる彼らには、どこか底流に重なるものがあるんでしょうか。当人たちは否定するでしょうけど…。 そして、彼らと同世代である私は、アメリカとフィンランドとその育った風土によるテイストの違いはあるけれど、彼らの作品が、そして使われている楽曲が、一歩はずしたテンポが、胸にコツンと響く彼らの視線が、私のツボにはまる。 労働者3部作の2作目であるこの作品。労働意欲はあるけれど不況の中、失業を余儀なくされ、刑務所内で労働に従事する男が、面会に来た女に向かって「やっと労働をしているという気持ちだ」と語るシーンがある。失業者が増加するフィンランドの実情に対する皮肉とも取れるセリフ。 この映画はカウリスマキによると、途中でモーターが故障して座礁してしまい、結局3人は脱出できなかったという結末だそうだが、映画はその手前で終わらせたそうだ。彼らにチャンスを与えてやりたかったと彼は語っている。 「マッチ工場の少女」 THE MATCH FACTORY GIRL 1992年/70分 労働者3部作・第3作目 ![]() ♪どう咲きゃいいのさ、この私~♪ 微笑みかけた愛も夢も踏みにじられたマッチ工場の少女イリスの、まさに怨み節。 流れるロックの歌詞も過激。 カウリスマキは作中で、テレビのニュースで中国天安門事件の学生たちの悲劇の終焉を幾度か流している。「中国の民主主義は踏みにじられた!」市民の悲痛な声を流している。 フィンランド社会に対する彼の絶望感だろうか。 ここには、ラストまで一筋の救いも希望もカウリスマキは用意していない。 けれど、このマッチ工場の少女が、自分を踏みにじってきた男、母親、義理の父、酒場で言い寄ってきた男、彼らに対する開き直りともとれる行動に、自分の意思で動いていると言う、彼女自身の解放を感じさせるものがある。 カウリスマキは「イリスは社会から追放されて良かったんだよ。なぜなら、そこはイリスがそれまで送ってきた人生よりもマシだからさ」と語っている。 娑婆よりも刑務所暮らしのほうがマシとは…
by mchouette
| 2007-07-23 00:01
| ■映画
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