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食わず嫌いで観なかった映画のうちのもう1本
![]() マディソン郡の橋 THE BRIDGES OF MADISON COUNTY 1995年/アメリカ/135分 食わず嫌いで、公開から10年ほどたった今、本作を観ました。 これは、食わず嫌いで今まで観なくて良かった、今観ることができて良かったとつくづく思った。 一人でしっくりとDVDで観ました。 10年前に見ていたら、「良かったわ」で観終わったとしても、今ほどにこの二人の心を受け止め切れていただろうかと思う。 この映画は見る人の年齢で随分見方がかわるんではないかしら。 もっと若ければ、切ないけどやっぱり不倫としか映らないだろう。 ある年齢だと、もっと生々しいかも知れない。 切ない悲恋映画だったわ、で終ってるかもしれない。 スクリーンで観たら、きっと朝焼けとかマディソン郡の風景は見事だったと思うけれど、それよりも、誰にも邪魔されず、一人でしっくり見れた、そのほうが嬉しいと思った。 きっと劇場だったら、横でグスグス、ベチョベチョされたら堪らない。 観終わったあと、壊れないように大事にそっと持って帰りたいと思う、そんな映画。 ![]() クリント・イーストウッド 65歳 メリル・ストリープ 46歳 そんな二人のラブシーンがとても美しい。 初めて彼と抱き合い、キスを交わす時、フランチェスカの手が躊躇いながら、けれど彼を、そして自分の心を確かめるように、彼の首、顔を指が触れる。 こんな仕草にも、中年の、どこかで分別をもった大人の男と女の、けれどもどうしようもなく惹かれていく二人の愛の姿がある。 「嫌ならやめるよ」…なんて素敵なセリフをロバートは言うんでしょう。とても大切な心の糸だと分かっているから、だから、こんな言葉になって出てくる…… 若い恋人たちの恋愛には決して登場しないラブシーン。 素晴らしく美しいが、けっして絵空事ではなく、地に足のついた等身大で描かれた中年の男と女の恋。そして、単に男と女の愛を描いただけでなく、人としての生き様を問うところまで切り込んで二人の愛が描かれている。 本来の自分を胸の中に押さえ込んで、世間と折り合いをつけながら生きている。そんな男と女が偶然にも出会った。二人の間の空気、会話、仕草、ふとしたリアクション。お互いに、胸の奥で見果てぬ何かを探し続けていたんでしょう。だから、言葉ではいえない何かが互いの琴線に触れ、痛みが胸を刺したんでしょう。 ロバートの「君に会うために僕は今まで……」そんな彼の言葉はとてもよく分かる。 ある映画レビューで「『僕は君に出会うために今まで生きてきた』なんて陳腐な台詞は、今まで何度映画の中でささやかれてきたことだろう。」というのを見つけた。 琴線のありかも、瘡蓋の下の傷の痛みも知らないからいえるんだろう。 でも、私も10年前だったら、こんな見方をしてたかもしれない…… 4日間の宝石の日々 男はその宝石をこの手につかみたいと思う。 男というものは、やはりロマンを追い求めるものなんでしょうね。 そして、女は宝石の輝きをなくしたくないと思う。 日常の時間の中でどれだけの夢や希望や輝きが色褪せて、飲み込まれていったか、女の方が骨身に沁みて知っている。現実的だというのではない。それが日々の営みということ。 日々の営みにどっぷりと浸れない自分がいる。そんな自分が日常の中で埋もれてしまっていることも知っている。 だからこそ彼の中に触れ合うものを見つけた。 4日間の宝石を思い出として大切にしておきたい。 でも、それがどれほど辛い選択と引き換えにすることか。 結ばれぬ愛、許されぬ愛…悲恋を悲恋としてロマンティックな涙で切なく酔い痴れる映画はいやというほどあるけれど、フランチェスカの出した答え…ここまで深く切り込んだ映画ってあっただろうか。 例えば、いったん開いてしまったパンドラの箱の蓋は、もう自分では閉められない、って思う。 心に蓋をして鍵をかけたはずなのに……雨の中に立ち尽くすロバートを観たとき、ゆれるネックレスを観たとき、痛いほどのロバートからのメッセージに、車の取っ手を握り締め……ドアをあけて全てを捨てるのは簡単なはず…その先の地獄よりも目の前の一瞬の愛の輝きに人は負けてしまう。 そんな箱の蓋を必死に押さえ込むフランチェスカ。 そんなフランチェスカを私は泣きながら観るしかない。 ![]() メリル・ストリープが素晴らしい。 何の変哲もない、フランチェスカの言葉を借りて言うなら、ド田舎の農家の主婦の顔から、トキメキを感じる女の輝きがのぞき、恋をする女の顔になり、束の間だけれど、愛する男といる充足した一人の女の顔。 そして、夫と子供たちが帰ってきて、彼らを出迎えた時のフランチェスカの顔は、主婦の顔になっていた。けれどその顔は、ロバートと出会う前、冒頭でみたフランチェスカとは微妙に違う。 フランチェスカという一人の女性の心の動きを、メリル・ストリープは見事に体現していた。 彼女の内面の演技が、フランチェスカの表情になって表れるのだろう。 メリル・ストリープが苦手とか、なんだかんだ言いながら、彼女の出演している作品はほとんど見ているけれど、この映画ほど、こんなに一人の女性を演じてその表情が微妙に変わるメリル・ストリープを観たことがないと思う。(遠い記憶なので、あったらごめんなさい。でも、たった4日間という設定の中で、ここまで微妙に表情と雰囲気の変化を見せるのは、やはりこの作品だけだろうと思う) クリント・イーストウッドが相手役であるフランチェスカ役に指名したのは、メリル・ストリープ一人だけだったという。 この映画、食わず嫌いで今まで観なくて良かったと思った。 私にとって「マディソン郡の橋」は今が鑑賞適齢期だと思う。 素直に涙が出てきた。 悲しいからというよりも、言葉で彼女を語れない。流す涙で彼女の痛みを分かち合う。そんな涙。 ![]() フランチェスカの夫は、彼女の秘めた恋を知っていたのだろう。 彼が死の床で告げる言葉も泣ける。長年連れ添った夫婦の愛とはこういうものなのだろう。 そして彼らの子供たちの人生、愛。 それらを二人の愛を核にして、家族愛、夫婦愛、愛についてのいろんなテーマが、いろんな視点から描かれている。それぞれの愛の形が素晴らしい。 原作もベストセラーだったというから素晴らしいのだろう。 10年前の私はベストセラーと聞くだけで横を向いてた、偏屈でイヤな奴だった。 原作を映画と比較して読んでみたいと思う。 そして、この愛の普遍を描いたクリント・イーストウッドはやはり素晴らしい監督であり、そして俳優だと思う。彼の押さえた演技がさらにメリル・ストリープを際立たせていたと思う。 そしてクリント・イーストウッドという人は、人生の機微というものをとても知っている人なんでしょう。彼の撮る作品を見てもそれが良く分かる。けっして押しつけがましくない。だからこそ、ここまで描けたと思う。 音楽も素晴らしかった。アマゾンですぐにサントラを注文してしまった。 DVDはショップにいって探してみよう。たまに取り出してしみじみ観たい映画。 食わず嫌いだった作品が、私のとっておきの作品になってしまった「マディソン郡の橋」 監督:クリント・イーストウッド 製作: クリント・イーストウッド / キャスリーン・ケネディ 原作: ロバート・ジェームズ・ウォーラー 脚本: リチャード・ラグラヴェネーズ 撮影: ジャック・N・グリーン 音楽: レニー・ニーハウス 出演: クリント・イーストウッド( ロバート・キンケイド) メリル・ストリープ(フランチェスカ・ジョンソン) アニー・コーレイ(キャロライン・ジョンソン) ヴィクター・スレザック(マイケル・ジョンソン) ジム・ヘイニー(リチャード・ジョンソン) サラ・キャスリン・シュミット(若き日のキャロライン) クリストファー・クルーン(若き日のマイケル) ミシェル・ベネス(ルーシー・レッドフィールド) カイル・イーストウッド
by mchouette
| 2007-07-06 01:13
| ■映画
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