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![]() 2006年/120分/ フランス/ドイツ/リヒテンシュタイン/スイス 2006年カンヌ国際映画祭「ある視点」部門オープニング上映作品 at:梅田ガーデンシネマ 2007.3.25 2007.3.31 この映画はブログ開設前にすでに劇場で2回も観ていた。DVD発売されたらもう一度見てからブログに記事書き込みと思っていたけど、最近ブログで目にするのがローズピンクのハート。やっぱりこのハートに刺激されて書きたくなりました。 最後に観てから約2週間ほど経っており、見た直後の感動は薄れているけれど、心に響いたシーンとか、もう一度観たい物語はやっぱり薄れずに残っている。 18人の監督によるパリ18区を舞台に1人が1区ずつ担当して、愛をテーマに5分で綴った「街角の小さな恋の物語」 世界中からこの作品を撮るために監督たちがパリに集まり、少ない予算で、タイトな時間の中で仕上げられた作品。これだけで私のハートはもうかなり熱くなってくる。 そして参加した監督たちの顔ぶれをみると、最近公開された「パフュームある人殺しの物語」で豊かな才能を見せてくれたトム・ティクヴァ、コーエン兄弟、「あなたになら言える秘密のこと」で鋭い感性と豊かな愛を見せてくれたイサベル・コイシェ、「ベルヴィル・ランデブー」のシルヴァン・ショメ、「サイドウェイ」のアレクサンダー・ベイン、ガス・ヴァン・サントなどなど、観たい!観たい!が疼く面々ぞろい。日本からはヨーロッパで高い評価を受けている諏訪敦彦が参加。彼の作品は今回が初めてなのでこれも大いに興味そそる。大阪では次回作「不完全なふたり」今夏上映される。主演はヴァレリア・ブルーニ=テデスキ(「ふたりの五つの分かれ道」「ぼくを葬る」)とブリュノ・トデスキーニ(「ソン・フレール兄との約束」)。二人とも好きな役者。観にいかなければ。 このあたりで既に私のハートはかなりヒートアップしており、だから作品のことを書く前に、やっぱりこの作品の始動段階にも触れたい気持ち100%。 ここを飛ばして作品へはこの文の最後の<More>をクリックしてください。 公開作品は20区のうちの18区だけど、確か20区すべては撮ったんじゃなかったかな。消えた2本を入れるどうしてもバランスが取れなかったとか。カンヌ映画祭の時に2区についてコメントしていたような、してなかったかな?1年ほど前の記憶なので違っていたらごめんなさい。 ともかく本作はとても面白くかつ大胆な企画だけれど、2005年7月から11月にかけて一気に撮り上げようという実行計画も大胆といおうか無謀といおうか。2班の撮影チームがフル回転して、それぞれの物語に準備が2週間、撮影が2日間、編集から仕上げに2週間という時間制約の中で作られたという。きっと予算的な問題もあったんでしょうね。 シルヴァン・ショメ監督も当初は全編アニメで撮る予定だったそうだけど、予算が足りなくってパフォーマンスにしたとか。 でも製作スタッフも監督もそして役者も頑張ったんだ。 (拍手) みんな熱くなって完成させたんだろうね、みんなもっと若い頃は(今でもそうだと思うけど)、こんな風に金も時間もない中で、でも映画を撮りたい!撮りたい映画を作りたいっていう気持ちで映画を作ってきてるんだよね。インディペンデンス映画祭の授賞式なんかを見ていると、ホントにこちらも胸が熱くなるスピーチもある。 きっと「パリ・ジュテーム」もこんな熱い空気の中で作られていったんだろうね。 「パリ・ジュテーム」はフランスのTV番組プロデューサーが思いついた企画で、それを映画製作プロデューサーのエマニュエル・ベンビイが原案を煮詰め、けれど若手の彼では実現困難と、「ベティ・ブルー」や「アメリ」のプロデューサーであるクローディ・オサールに協力をお願いに行ったところから実際に動き始めたプロジェクト。 その時エマニュエルが携えていった作品が10区を舞台にしたトム・ティクヴァの「フォブール・サン・ドニ」製作年が2002年だからトム・ティクヴァ37歳。 そして、このトム・ティクヴァの作品を世界中の監督にプレゼンテーションして、初めに手を挙げたのがコーエン兄弟。コーエン兄弟は兄弟で脚本・監督・製作を分担して映画つくりをしていて、映画祭で高い評価を受けても「これからも僕たちのやり方で僕たちの撮りたい映画を作っていく」っていう、こんな兄弟。 そしてトム・ティクヴァとコーエン兄弟の2つの先行作品が、パイロット版として作品の質を証明をしたという。こんな話を聞くと、これからの映画にも大いに期待が持てることが嬉しい。 こうして集った監督たちにとって 5分間という時間制約の中で一つの物語を作るということは、監督の手腕が大いに試されるわけで、大いに創作意欲が掻き立てられたことでしょうね。また脚本も監督自身が執筆し、撮影作品のほとんどをフランス人スタッフが進めたという。このあたりから、すでに手作りの美味しいニオイがプンプンとしてくる。 そして、5分という時間は、作品に緊張と洗練を要求し、そのフィルターを通して漉されて出来上がったエキスを、私たちはスクリーンで堪能できる。とっても美味しい話。 世界中から集った18人の監督が自分の視点で捉えたパリは、「花の都パリ」の言葉に代表されるイメージのパリとは違う顔をみせ、恋物語を装いながらパリの抱える問題を浮き彫りにしている作品もあり、5分という短さにも関わらず『じっくりと観た』という手ごたえがある。 彼らのコメントの中にそんな視点がうかがえる。 <コーエン兄弟> ステレオタイプの恋人たちのパリを、自分達の方法で伝えられることが嬉しかった <イサベル・コイシェ> バスティーユは労働階級とトレンディでブルジョワな人たちが混ざり合った場所。私の中では『絵ハガキのようなパリ』のイメージから完全に離れられる場所 <ウォルター・サレス> どこの区にも、私たちが普段目にすることのない暗黒の部分がある。それを表現したかった。 集った監督達は労働者階級の多い地区の撮影を熱望したので、オサールは作品全体のバランスを取るため、他の地区に彼らの興味を向かせるのにかなりのエネルギーを使ったようだ。 そして出来上がった『パリ・ジュテーム』 18枚のジグソーパズルのピースが組み合わさって 朝のパリに始まり、陽光の中のパリ、暮れなずむパリ、夜更けのパリ、そして新しい朝がきて、という時間の流れの中で、いろんな愛を描いた1枚の絵になっていた。 おまけの話が2つ ★2回目31日は公開2週目で初日限定・数量限定でA4サイズのパリの街区図をもらった。、片面はそれぞれの舞台になった区に白い文字でタイトルと監督名書かれたピンクのハートが記されたパリの街区図。もう片面には映画パンフと大きなピンクのハートにエッフェル搭、下にスタッフ・キャストの名。クリアホルダーに入れてパソコンの横に置いている。 ★前売りチケットの特典のおまけは生成りの布製の手提げカバン。ピンクの文字でPARIS JE T'AIMEとエッフェル搭。 子育て真っ最中でこの映画観に行けない豆酢ちゃんにネットで送れるものなら送ってあげたい。画像編集ソフトはいったら画像を送るからね 豆酢ちゃ~ん、聞こえてる~。 次のページで 18区の物語をもう一度振り返ってみます。 特に好きな作品は赤いタイトルにしました ★モンマルトル (監督:ブリュノ・ボダリデス/フランス) 手のひらの温もりから伝わる愛とでもいえるのかな。 貧血で倒れた女性がそっとうなじを支えてくれた男性の手。その手に優しさを感じる。 こういう時ってあるんですよね。 しかし、車の駐車スペースを見つけたら前と後ろの車にガンガンとぶつけて動かして自分の車を入れ込む。日本では考えられない光景。でもこれが当たり前なんですね。映画でもこういうシーンよく見かけますものね ★セーヌ河岸 (監督:グリンダ・チャード/ケニヤ生まれ、イギリスに移住) これは若者の淡い恋心。フランソワ役のシリル・デクール君。ちょっといい雰囲気の男の子。セーヌ河岸で友人達のナンパ遊びに付き合っていた彼は、長くて美しい黒髪を黒いベール<へジャブ>で包み隠しているアラブ系の若い女性が気になる。へジャブは私の意志だと彼女は言う。パリに住むアラブ系の人間としてのアイデンティティと関わる言葉かしらと思っていたけれど、パンフレットに掲載されていた対談でデザイナー&フォトグラファーの梶野彰一氏は『数年前からフランスの公立学校ではイスラム教のスカーフ着用が禁止された』という問題を指摘している。これが背景にあったんですね。 移民に対する嫌がらせや差別行為は日常茶飯事なんでしょう。グリンダはこれを少年とアラブ系の少女が出会うきっかけとして本編にさらりと盛り込んでいる。 ★マレ地区 (監督:ガス・ヴァン・サイト/アメリカ) ギャスパー・ウリエル。「かげろう」を観て「!」と思って以来、ちょっと気になる男の子。 これは一途な愛といおうか、猪突猛進といおうか、相手の青年がフランス語をあまり理解していないのにも気がつかず、ビビビッときた気持ちを滔々と話し続けるギャスパー。話し続けるギャスパーの顔をカメラはクローズアップで撮り続けている。 彼が去った後、青年はギャスパーを追う。でもギャスパーが去った方向と違う方向に彼はマレ地区を走る。この図はとても好きだな。カメラはマレ地区にたむろする男たちもしっかりと捕えている。このシーン2回とも良かった。好きだな。 豆酢ちゃん、マレ地区に行きたいって言ってたよね。Jiij姉誘って3人でマレ地区歩いたらどんな図になるだろうね。 ブノワさんはブログで『「マレ地区」は明らかに、今は亡きリバー・フェニックスにオマージュを捧げたものですね。僕にはギャスパー・ウリエルとイライアス・マッコネルの2人がリバー・フェニックスとキアヌ・リーブスの2人にダブって仕方ありませんでした。』と書いている。そうかも知れないな。このブノワさんのコメントを読んで「マイ・プライベート・アイダホ」でリバーとキアヌが野宿した時、焚き火の前でリバーがキアヌに自分の思いを訥々と打ち明けるシーンを切なく思い出してしまった。優しさで受け止めてくれても、一方にとってはある期間にしか過ぎない時間が、もう一方にとっては永遠の時間。今は同じ所に立っているけれども見ている方向が違った行き違いの愛。マレ地区の彼ら二人の続きを見たいけど、ここで終わりがいいのかもしれない。マイ・プライベート・アイダホの最後は胸が痛む。 しかし、ギャスパーは前髪が長く伸びていて目がほとんど髪に隠れている状態。ガスはこんな髪型が好みなのかしら。「ラストデイズ」でもカート・コバーン演じたマイケル・ピットも長く伸びた髪が顔を覆い指でかき分けかき分けしてたっけ。 ★チュイルリー (監督:ジョエル&イーサン・コーエン/アメリカ) プシェミさん、久しぶり! いつも主役をコテンコテンにしてしまうコーエン作品。今回のプシェミさんもやっぱりこれでもかという位やられてました。地下鉄チュイルリー駅構内での一コマ。構内のベンチに座った親子連れ。少年はとってもシニカルな目でおのぼりさんのプシェミをじーっとみていて、悪戯で吹き矢を彼の顔に吹きつける。母親は少年に見るんじゃありませんといって知らん顔。少年のシニカルな目。フランス人ってこういうとこあるよな、きっとある、って思わず肯いてしまった。カップルの男性に因縁つけられて挙句こてこてにされて買い物袋の中味を顔にかけられ、ルーブル美術館で買ったんでしょうね。モナリザの絵葉書がどっさり…ご近所とか、会社の同僚へのパリ土産なんでしょね。これも愛。 ★16区から遠く離れて (監督:ウォルター・サレス) 早朝のパリ。移民のアナは赤ん坊のわが子を保育所に預け、自宅から遠く離れた高級住宅街まで通ってベビーシッターをしている。移民の生活が浮き彫りにされている 我が子に向けるのと同じ優しい母の顔で故郷の子守唄を歌って赤ん坊をあやすアナ。アナ役は「そして、一粒のひかり」で女優デビューしたカタリーナ・サンティノ・モレノ。「そして、一粒の光」の時の雰囲気を残しながら、更に凛としたものが備わったいい顔になっている。 ★ショワジー門 (監督:クリストファー・ドイル/オーストラリア) ドイルさんってとっても突飛な人なんでしょうか。 13区のチャイナタウンが舞台のお話。 初老のシャンプーのセールスマンと美容院をやっているマダム・リー。髪をブロンドに染め上げパリっ子気分に酔いしれるマダム・リーに、君には長い黒髪が似合うよ、と言って、最後二人でショワジー門の階段の上で舞台のミュージカルスターよろしくポーズをとる。 簡単にいうとこんなストーリーになるんだろうけど、よう分からん。ドイルはやはりビジュアルの人。 シャンプーのセールスマンを演じたバルベ・シュレデールは『パリところどころ』をプロデュースした人。 ★バスティーユ (監督:イサベル・コイシェ/スペイン) 結婚して夫婦になった二人って、恋人同士とは違う、どっかに絆という楔が打ち込まれるんでしょうか。愛が冷めてもどっかで小さいけれど絆が残っているんでしょうね。 愛人がいて離婚を言い出そうと決めていた夫が、妻から末期の癌であることを打ち明けられ、残された日々を妻と過ごすことを決意した。妻の看病をし、妻を看取った彼は、離婚を決めたあの日、妻が着ていた同じ色の赤いコートを見ると妻の姿を重ね合わせ妻を思う。 コイシェは夫婦の愛の姿をじっくりと描いて見せた。 夫を演じたセルジオ・カステリットが良かった。 何度でも繰り返し観たい。観るたびに、そのときの心のコンディションによっていろんな受け止め方がある、そんな予感のする作品だ。 ★ヴィクトワール広場 (監督:諏訪敦彦/日本) 最愛の息子を突然亡くし抜け殻同然の母親(ジュリエット・ビノシュ)は、夜のヴィクトワール広場に、突然現れた馬に乗ったカウボーイ(ウイリアム・デフォ)に「息子に会いたければ俺についてくる勇気があるか」といわれ、息子に会えるなら怖さも恐れもない。息子に会いたい一心があるだけ。もう一度息子をしっかり抱きしめた母親は、息子が死んだという事実をようやく受け入れる。この作品のビノシュはとても良かった。 デフォのカウボーイ姿はなかなか。 ★エッフェル搭 (監督:シルヴァン・ショメ/フランス) パントマイムを演じる事が人生の全てだが世間から理解されず変人扱いされて、いつも一人ぼっち。そんな彼にやっと巡ってきた似たもの同士の運命の出会い。彼のアニメの雰囲気のただようパントマイムの世界。アニメ作品になればもっとデフォルメされて、また違う素晴らしさが見られるでしょうね。 ★モンソー公園 (監督:アルフォンソ・キュアロン/メキシコ) ようやく会えた初老の男性と若い女性。意味深な会話をしながら歩いている。カメラは途切れることなくずっと二人を撮っている。1カットの長回し。パンフレットに「全編をほぼ1カットで撮った『パリところどころ』のジャン・ルーシュによる『北駅』へのオマージュであろう」とある。ヌーベル・ヴァーグといわれた時代こんな長回しが多かった。 ★デ・ザンファン・ルージ地区 (監督:オリヴィエ・ヤング/フランス) ATMの前でお金を引き出している時のマギー・ギレンホールの顔はリアルな日常。 ATM、自動販売機、電車の券売機の前の顔、留守電へメッセージ入れている時の顔、電子レンジのチンを待っている時の顔、人でなく機械と向きあっている時の顔ってこんなかも。機械から目そらしている。機械見つめていない。表層的な人間関係の中でドラッグの力で華やかに振る舞う女優の顔と、素の顔に戻った時の孤独で疲れた女の顔。機械に囲まれて暮らしている今の私たちってキットこんな顔の時多いよ。 ★お祭り広場 (監督:オリヴァー・シュミッツ/南アフリカ) パリに住むアフリカ系移民の厳しい現実と、そんな中で、偶然出会った同胞の女性に恋心を抱いた男のささやかな願いをじっくり描いている。無意味にナイフで刺され意識が薄れる中で、彼は彼女に言う「一緒にコーヒーを飲もうよ」 本作は5分間とは思えないほど、じっくりと見せてくれた物語。 「セーヌ河岸」では移民に対する嫌がらせ行為はさらりと描かれており、それが二人の若者が出会うきっかけとなっているが、本作では、移民に対する差別行為が引き起こした悲劇を真正面から描いている。 ★ピガール (監督:リチャード・ラグラヴェネーズ/アメリカ) 長年舞台でコンビを組んでいるカップル。倦怠期なんでしょうね。楽日を終えた二人は刺激を求めて歓楽街ピガールの酒場で見知らぬ同士を演じる。長身で大柄のファニー・アルダンと小柄なボブ・ホプキンス。二人並んだ図はまさに蚤のカップル。 ★マドレーヌ地区 (監督:ヴィンチェンソ・ナタリ/アメリカ) 『CUBE』『NOTHING』などを手がけたサイコ・スリラーの語り手ヴィンチェンソ・ナタリが愛を描けばこうなるのか。 ヴァンパイアの女性と青年との愛。ちょっとショッキングな愛だけど、こんな愛のお伽話もあっていいかな。意外とはまるとクセになりそうな映像かも。 ★ペール・ラシェーズ地区 (監督:ウェス・クレイヴン/アメリカ) ルーファス・シーウェルが演じるのはジョークもユーモアも通じない堅物男。そしてオスカー・ワイルドをこよなく愛する婚約者。結婚を1ヶ月後に控えパリを訪れたイギリス人カップルの痴話ゲンカの顚末記とでもいいましょうか。そもそも、なんで彼女は彼と婚約したんだ。それが不思議。まあなんだかんだ言っても惚れあっているんでしょう。蓼食う虫も好き好きと申しますから。 ★フォブール・サン・ドニ (監督:トム・ティクヴァ/ドイツ) 盲目の学生のトマに突然、恋人から別れの電話が。彼の脳裏には出会いから二人の楽しい日々が。二人は愛を育みながら時はくるくると独楽のように回って過ぎていったのに。ラン・ローラ・ランでも思ったけど、こういう独特のリズム感のある描き方ってトム・ティクヴァ巧いなあと思う。二人はどうなるの…?これも好きだな。 トムを演じたメルキオーレ・ベスロンの盲目の演技は見事。 この作品をもってオサールは世界中の監督に呼びかけた。 ★カルチェラタン (監督:フレデリック・オービュルタン) ジーナ・ローランズとベン・ギャザラン演じる別居中の初老の夫婦。 ジーナが暮らすパリに夫のベンが離婚手続きのためにアメリカからパリに来た。待ち合わせ場所はジーナの馴染みのレストラン。ジェラール・ドバリュデュが物腰の柔らかいレストランのオーナー役。「あるいは裏切りという名の犬」では権勢欲の塊のヤナ奴だったのに、ここでは粋な計らいをするオーナーに。 本作では監督が脚本を執筆するが、この物語だけはジーナ・ローランズが手がけた。二人の会話からお互いに気持ち残っているのはありありなんだけど、ジーナも口から出るのは毒舌。夫が見せたグレーゾーンの妥協案。白黒きっぱりのジーナは最後にさり気に蹴っ飛ばして店を出て行く。これが二人のいつものパターンなんだろうな。 絆は残っているけれど、性根も変わらん。一人残された夫。自宅のアパートに戻り誰も居ない部屋をちょっと見つめるジーナ。ふと寂しさがよぎったか。 ★14区 (監督:アレクサンダー・ベイン/アメリカ) 「アバウト・シュミット」「サイドウェイ」のアレクサンダー・ベインが描くのは、おしゃれとはとんと無縁の、どこから見ても「おばちゃん!」の中年アメリカ女性のパリ一人旅。 舞台はかつて芸術家が多く住んでいたモンパルナス地区。 中年アメリカ女性を演じるマーゴ・マーティンデイルのたどたどしいフランス語のナレーションで綴る旅日記。 最後、カメラはずっと公園のベンチに一人座る中年女性から芝生、木、そして空気、空へとゆっくり移動していく。 このとき、私は 今まで観てきた17編の物語は、いずれも作品の中に私を入り込ませたが、本編は、17つの物語が語るいろんな愛の形、愛の重さ、また監督がその中に潜ませたテーマの重さ、それらがこの最後の14区で一挙に解き放たれたような、外へ向う開放感を感じた。 モンマルトルから始まった17の物語が18番目の14区の物語に引き寄せられ、そして14区の公園からパリの空へと広がっていった。見事な作品構成だ。 こんな素晴らしい最後で締めくくった『14区』の監督アレクサンダー・ベインは短編に惚れ込んでいる。 彼は短編の魅力を「長編映画を撮るときに考えなければいけない物語を語ることについて、重要視しなくていいということ。映画的なアイデアを自由に表現できる」と語っている。彼のご推薦短編作品は2004年のアカデミー短編アニメーション部門で受賞した「RYANライアン」。『たった13.分だけの話だけど今世紀の最高傑作だ』と語っている。 そして、クレジットの流れる中、映像は、夜更けのパリ、ジーナ・ローランズとジュリエット・ビノシュが、夜更けのパリのアパートの窓越しで交すワインの乾杯で終わる。 なんとも粋な幕引きではありませんか。 私にとってこの作品は観るたびに、何か新しい発見や思いがある、そんな作品になっていくことでしょう。
by mchouette
| 2007-04-19 10:03
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