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THE ARTIST
2011年/フランス/101分1927年のハリウッド。 サイレント映画の大スター、ジョージ・ヴァレンティンは、彼に憧れる女優の卵ペピーと出会う。女優として目立つことが必要だと、ぺピーの顔、鼻と口元の間に小さなホクロを一つ化粧ペンシルでつける。 ちょんと一つ、ホクロをつけるだけで、ぺピーの顔が途端にチャーミングに見えてくる、このマジック!そして、時代はサイレントからトーキーへと大きく変わっていく中で、ジョージは、演技のアーティストだと主張してサイレント映画に固執するも、自ら製作したサイレント映画も惨憺たる結果。そんなジョージとは対照的に、ぺピーはジョージがつけてくれたつけホクロもチャーミングポイントに、瞬く間にトーキー映画のスターの階段を駆け上っていく。 登場する俳優たちは普通に演じ、喋っている。しかし全くのサイレント。 かつてのサイレント映画のように、要所要所でセリフが差し込まれるが無声映画。 それでも時代にとり残されていくジョージの葛藤、絶望。そんなジョージに胸を痛めるぺピーの辛さ、必死さ。そして心を通わせ抱き合うシーンに至っては、思わず目頭が熱くなる。 ![]() フィンランドの映画監督アキ・カウリスマキは「シネマのエッセンスは言葉のない世界だから、そこに回帰したかった」と、人物の内面的葛藤を描いた原作に、セリフは必要ないと作品から言葉を排除したサイレント映画「白い花びら」を撮っている。映画の歴史が始まって約1世紀。 動く画像に驚嘆していた大衆は、次にはストーリーを求め、演技を求め、スターを求め、スターの声を求め、更なる刺激を映画に求め続け、映画はトーキーとなってからもなおCG、3Dと次々と古い衣を脱ぎ捨てながら歩き続けている。 そんな映画の歴史の中で、忘れ去られ、打ち捨てられていくものも数知れない。 過剰なまでのセリフと過激なアクション、そしてスピード。 そこには間がなくなり、人と人が見つめあう時間も奪われ、そこから醸し出される情感も奪われ……映画そのものが自らを見失っているような、そんな風にさえ思えることもある。 フランスのリュミエール兄弟が発明したシネマトグラフの動く画像を映画芸術という世界に引き上げたジョルジュ・メリエス。しかし時代は彼を忘れさり絶望の日々を送っていた彼と少年ヒューゴの交流を描いたスコセッシ監督の「ヒューゴの不思議な発明」。そして本作。 1世紀を経て、映画の原点にたちかえる作品がつくられるのも、映画そのもの、映画をつくる側と映画を観る側、それぞれが模索している段階にきているともいえるだろう。それでも大衆と共に歩き育っていく。映画の持つ宿命でもあるだろう。 「ヒューゴの不思議な発明」も、そして本作「アーティスト」も映画の原点に立ち戻りつつも、さまざまな映画にオマージュを捧げつつも、決して懐古趣味的ではなく、映画の未来に向って語られている。 ![]() ステップを踏んで、心沸き立つような映画の魅力。 映画にはそんな魅力の尽きぬ創造の可能性があるということ。 ジョージとぺピーが狭いスタジオの簡素なセットを背景に、フレッド・アステアとジンジャー・ロジャースを彷彿とさせる軽快なタップダンス。 映画って、こんなに小さな世界から生み出される大きな愛と夢と希望の世界。 映画「アーティスト」。このサイレントな作品から、俳優達が演じる身体と表情から伝わってくる感情を、映像から溢れる空気を、新鮮な気持ちで受け止めたい作品。 それにつけても、第1回ゴールデン・カラー賞(金の首輪賞)なる犬のアカデミー賞ともいうべき賞を受賞したジャックラッセル・テリアのアギーの演技!思わず笑ってしまうし、感情移入させられるわぁ。 ![]() ジョージ・ヴァレンティンを演じたジャン・デュジャルダン。
by mChouette
| 2012-04-11 00:00
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