本格的な寒さがやってきて、巷ではイルミネーションがクリスマスムードを盛り上げ、師走のあわただしさが年の瀬を感じさせる、こんな時期になると、なぜか映画「アマデウス」を無性に観たくなる。
AMADEUS
1984年/アメリカ/160分
監督: ミロス・フォアマン
原作・脚本: ピーター・シェイファー
撮影: ミロスラフ・オンドリチェク
音楽監督: ネヴィル・マリナー
出演: F・マーレイ・エイブラハム/トム・ハルス/エリザベス・ベリッジ/ロイ・ドートリス
モーツァルト!
1823年11月、雪の降り積もるウィーンの街に老人アントニオ・サリエリの悲痛な叫びで始まる。喉を切り自殺を図ろうとしたサリエリの口から語られるモーツァルトにまつわる物語。
毒殺されたのではないかと言う噂もあり、共同墓地にゴミを捨てるように死体の山の穴に投げ捨てられた彼の遺体。さまざまな憶測が囁かれているモーツァルトの死。
そんなミステリーな噂をもとにピーター・シェイファーが執筆した戯曲の映画化。
モーツァルトのような音楽家になりたい。
音楽に理解のない父の元で過ごす少年サリエリにとって、息子の才能を理解する父の庇護のもとで存分にその才能を花開かせているモーツァルトという少年の存在は羨望だった。そしてモーツァルトの作品にながれる優雅で甘美な調べに酔い、サリエリの音楽への尽きぬ思いを抱き音楽家になることをひたすら神に祈り続けるサリエリにとって、モーツァルトをまだ見ぬ恋人のように思うが如く恋焦がれる存在でもあった。
父の急死によってサリエリの夢は叶い、オーストリア皇帝ヨーゼフ2世に仕える宮廷作曲家として名声を得るまでになった。
ウォルフガング・アマデウス・モーツァルト。
4歳でコンチェルトを書き、7歳でシンフォニー、12歳でオペラを作曲したという。モーツァルトとは……。
そのモーツァルトがこのウィーンでコンサートを開く。
サリエリはときめく胸を押さえ、コンサート会場であるザルツブルグ大司教の館でまだ見ぬモーツァルトの姿を捜し求める。
背が低く、上品さや優雅さ、知性の一欠けらさえも感じさせるものは無く、甲高い笑いと下卑た言葉をいいたてて恋人と睦みあう目の前のこの男が……モーツァルト。

下品なこの男に自分が望み続けた才能の全て与え、自分には彼の音楽を誰よりも理解できる能力だけを与えた神を呪い、恨み、モーツァルトを蔑み、しかしモーツァルトの音楽は誰よりも彼を虜にした。
モーツァルトに対するこの確執、そして言語を絶するほどの嫉妬にのた打ち回るサリエリの苦悩。そこから生み出される悲劇。
物語は「フィガロの結婚」オペラの舞台華やかにスクリーンを彩り、父の死によって自責の念に彼を苦しみ、「ドン・ジョヴァンニ」の音楽が死者の足音を忍ばせてモーツァルトに近づいてくる。そしてサリエリのしかけた黒い影がモーツァルトを破綻へと追い詰め、凍てつく季節の中、物語は「レイクエム」の音楽とともに悲劇へと突き進んでいく。
他に「魔笛」など全編にモーツァルトの音楽が流れ、彼の作曲したオペラの舞台が繰り広げられ、アカデミー賞の作品賞、監督賞、主演男優賞、脚色賞、美術賞、衣裳デザイン賞、メイクアップ賞、音響賞の8部門を受賞したのも肯ける作品。
天真爛漫に音楽と戯れるように曲を紡ぎだし、市井に生きる人々の愛を音楽の世界に解き放とうとするモーツァルトの音楽は、伝統と格式を重んじる宮殿お抱えの音楽家たちには理解されず、生活者としては破綻していくモーツァルト。そんなモーツァルトを演じたトム・ハルスの演技も、allcinemaでは「一世一代の快演」と評されているのも納得。生き生きとした血肉の通ったモーツァルトを見せている。音楽監督のネヴィル・マリナーの指導を受け、「たぶん彼が音楽映画の中で最もちゃんとした指揮をしていると思う」とまでマリナーに言わしめたそうだ。
クラッシック・ファンでもない私には、この作品でモーツァルトにぐんと親近感をもてたのもトム・ハルスの演技によるところも大きいだろう。
モーツァルトを打ち負かさんと仕掛けたサリエリの陰謀がモーツァルトを死の渕へと追い詰めていき、病床のモーツァルトの傍らで「レクイエム」を口述筆記するサリエリとのシーンはやはり圧巻。
オーケストラを指揮するが如くにモーツァルトの口から音楽が奏でられ、それは最早サリエリがついていける能力を超えている。
神であるモーツァルトの前で己の凡庸さを思い知るサリエリ。
モーツァルトとサリエリ。
この時間はサリエリにとっては、神との交感にも似た至上の幸福の時間でもあっただろう。
モーツァルトは「レクイエム」の作曲途中で35歳の若さで天に召され、そしてサリエリは……誰よりもモーツァルトを憎み、誰よりもモーツァルトの音楽を愛し、そして神に選ばれた天才を自ら死に至らしめるまでに追い詰め、神を殺してしまった苦しみの中で生き続け精神を病んでいく。

サリエリを演じたF・マーレイ・エイブラハムとモーツァルトを演じたトム・ハルス。どちらも本作でアカデミー主演男優賞にノミネートされ、オスカーはエイブラハムが受賞。しかしトム・ハルスも素晴らしい。
公開映画が不作な中、本作で映画を大いに堪能。