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「アメリカン・グラフィティ」世代の子供たちを描いた映画だわ。 AMERICAN TEEN 2008年/アメリカ/101分/PG-12 アメリカ中西部インディアナ州の地方都市ワルシャワは、典型的な保守の町。本作は、その町の唯一のハイスクールを舞台に、アメリカの学校社会で典型的に見られる生徒間の階層構造を代表する5人、“HEART THROB(イケメン王子)”のミッチ、“PRINCESS(女王様)”のメーガン、“GEEK(オタク)”のジェイク、“JOCK(スポーツ選手)”のコーリン、“REBEL(変わり者)”のハンナにスポットを当て、彼らの高校生活最後の1年に密着、それぞれに悩みや不安を抱えて生きるアメリカの高校生の赤裸々かつドラマティックな日々を等身大に映し出していく。(allcinemaより) 本作の監督は、ハリウッドの伝説的プロデューサー、ロバート・エヴァンズの天国と地獄の型破りな人生を描いた伝記ドキュメンタリー「くたばれ!ハリウッド」(2002)を撮り、長編デビューにしてオスカー候補となったナネット・バースタイン。 ![]() アメリカの高校生たちにとって、「高校卒業」は子どもから大人になることであり、ここから先は自分一人の足で自分の人生を歩いていくという自覚が彼らにも、そして親にもあるということ。 ハイスクール時代は、大人になるためのプレ段階。 彼らはここで思いきっり自分を発散させる。 遊びも、恋も、お洒落も、セックスも、お酒も、おバカなことも、一生懸命に羽目を外す。でも遊びと本気のボーダーラインはきちんと持っている。彼らを見ているとそう思える。 自分のしでかしたことは自分で責任を取る。 他人に対しても辛辣だ。 応援するのも一生懸命なら、扱下ろすのも容赦ない。 そこから這い上がってこそで、そのまま這い上がれなかったら一生負け犬。自分で這い上がるしかない。 チャンスをつかむのも、取り逃がすのも自分次第。 精神的な鍛えられ方が日本の高校生たちと比べてレベルが根っこから違う。 学校のアドバイスも、親のフォローも、彼らが賢い選択をする方向に導かせるだけのこと。 あなたの人生。決めるのはあなた。 学校も親もその姿勢で彼らと接する。 こんな映像を観ていると、動物や鳥たち野生に生きる物たちの子育て子離れの習性、掟がアメリカ社会では今なおしっかりと生きつづけているように思う。考えれば自由主義経済の社会とは野生のジャングルにも似ている。子供たちは親から生き延びる術を身につけ、弱いものは逃げ切れず餌食となり、強いものが生き残り、そして時期がくれば群れから離れ、新しい群れをつくるために旅立つ。 高校卒業と同時に彼らは人生の選択を迫られる。 バスケの花形選手コーリンは、大学に行かせる余裕はない。大学に行きたいならバスケ奨学生になれ、なれなかったら軍隊入りだ。父親からそう言い渡される。試合会場には大学のスカウトマンたちが眼を凝らして彼らの動きをみている。 ![]() 裕福な家庭で成績優秀なメーガンは学校の女王様。父親も兄弟も有名大学出身で、彼女もその大学入学は親の期待として希望している。 誰のために大学に行くんだ? 父親からの問いに、「私のため、それからパパのため」そう返答する彼女に、「パパのためなんて、そんなことを思っちゃいけない。お前の人生なんだ。」と父親はいう。 ハンナは映画監督志望でみんなから変わり者のレッテルを貼られ、仲間はずれにされている。その彼女にイケメン王子様ミッチが恋をした。ルンルンの蜜月もミッチからの別れのメールでジ・エンド。高校生最後のプロムでキングに選ばれたミッチの横には新しいパートナーがクィーンに。残酷で最悪な彼女の高校生活。ここから脱出したいと都会の大学入学を切望する。 プロムに向けての彼らの悲喜こもごももカメラは捉えている。 都会での一人暮らしを心配する両親。「私の人生よ」と突っぱねるハンナ。「あなたに賢い選択をしてもらいたいの」と諭す母親。 都会の大学入学に出発するハンナに母親は「駄目だと思ったら帰ってきていいのよ。何も聞かないから。」そういって娘を送り出す。 ![]() 高校卒業は、見守ってくれていた両親や学校から旅立つとき。 映画の終盤は卒業式の映像。代表で舞台にたったメーガンの挨拶にあった「旅立ち」という言葉が、はしゃいだり、泣いたり、悩んだり、落ち込んだりしていた彼らをずっと見てきた私には、決まりきった卒業の言葉としてではなく、彼らにとってはまさに実感を伴う言葉としての重みがあることが伝わってくる。 家庭からの旅立ちであり、新しい人生を踏み出すスタートであり、未知の世界の新しい自分に対する期待と興奮で、卒業式の彼らは角帽を放り上げ喚声をあげる。 ジョージ・ルーカスが自身の青春を振り返り、青春の別れと旅立ちを60年代ポップスに乗せて描いた「アメリカン・グラフィティ」(1973)と重なる「アメリカン・ティーン」。 「アメリカン・グラフィティ」の子ども世代を描いたのが「アメリカン・ティーン」ともいえるだろう。 旅立ちの精神は、親になった「アメリカン・グラフィティ」世代にも、そしてその子どもたちの「アメリカン・ティーン」世代にも、今なお健在にして、しっかりと受け継がれ、アメリカ社会にしっかりと根づいていることを思い知らされた。 私だけだろうか。戦後世代の親たちはなんとぬるま湯的になっているんだろう。戦後アメリカから急速になだれ込んできた個人主義の喧騒の中で受け継ぐべき精神も、次代に引き継ぐ精神も、どこかに霧散してしまい見失ってしまっているみたい。 遊ぶときは眼一杯とことん楽しみ、勉強するときは容赦なく鍛えられる。シビアに人生の選択を迫られることについては階層の違いはない。 エンディングのクレジットと共に、一年後の5人の近況が紹介されている。自分の足で自分の人生を築き上げていっている彼らがあった。 「大人になった。」というミッチとメーガン。彼らのその言葉にも重い実感が伴っている。 ドキュメンタリーだけど、ドラマ以上にドラマティックな彼らの青春グラフィティ!
by mchouette
| 2009-12-08 14:16
| ■映画
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