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The Big Night
1951年/アメリカ/76分 本作の監督ジョゼフ・ロージーと言えば、赤狩りでハリウッドを追われ、その後一度もアメリカに戻ることもなくヨーロッパで映画を撮りつづけた映画監督として知られている。 そのジョゼフ・ロージーがハリウッドで最後に撮った作品が本作「大いなる夜」。 WOWOWの作品紹介では「今回が本邦初登場となる貴重な必見作がこれ。」とあった。 17歳の高校生ジョージーを演じているのが、ドリュー・バリモアの父親であるジョン・ドリュー・バリモア。 ジョゼフ・ロージーがハリウッドで撮った作品で他に観たのは彼の監督デビュー作でもある「緑色の髪の少年」(1948) 孤児になり遠縁の老人に引取られ、ロンドンからアメリカにわたった少年が、ある日自分が戦災孤児であることを知り、戦争におののきそのショックで少年の髪の毛が一夜にして鮮やかな緑色になってしまう。優しかった隣人やクラスメイトたちはその日を境に拒絶反応を顕わにし、異質な存在として少年を排除しようとさえする。 存在価値がないと絶望していた少年は幻想の世界で戦争孤児たちと出会い、緑の色は春の色、希望の色だと言われ、大人たちに戦争の悲惨さ、平和の大切さを訴えて回ることが自分の使命と、生きる希望を得た少年は笑顔で街を走り回る……。 ジョゼフ・ロージー反戦と平和へのメッセージが込められた映画であり、生きる希望がどれだけの力を人に与えるかを描いたものでもあり、一人の少年が挫折を経て未来に向かって成長する物語ともいえる。 ![]() 本作「大いなる夜」もまた一人の青年の成長物語ともいえるだろう。 母親を亡くし、酒場を営む父親と暮らす17歳の心優しいジョージーは友人たちからミルク臭いとからかわれている。 ジョージーにとって父親こそ男の中の男だった。17歳の誕生日の夜、その父親が店に現れた一人の男の言われるままに屈辱的な扱いと暴力を受ける。 父親に対する尊敬の念も吹き飛び、「僕は男だ。男だったら侮辱を受けた相手を許しておかない」と男に対する復讐心を滾らせ、父親の銃を手に男を捜して夜の街に飛び出した。 強さこそが男の象徴、父親の理想像といった社会のラベルや価値観を引っ剥がし、本当の勇気とは何かを描いた作品といえるだろう。女々しいと友人たちからからかわれていた青年が、嵐のような一夜を経て、人としての真価は何かを知り、大人への一歩を踏み出した物語といえるだろう。 かつて鑑賞した記憶を手繰りながらクローズアップされた作品を辿ってみると、 それがとても鮮烈に描かれていると思えるのは、「パリの灯は遠く」(1976)のラストシーンだろう。 アラン・ドロン演じるフランス人の美術商ロベール。彼はナチス占領下のパリでユダヤ人たちから美術品を安く買い叩きもうけていた。そのロベールが、ある日同姓同名のユダヤ人と混同されているということに驚愕する。 この作品はずいぶん若い時に観ていて、その後、映画タイトルは忘れてしまい、それがジョゼフ・ロージーの作品だということもとんでしまっていたけれど、ラストのドロンの顔は鮮明に覚えている。 身分を証明する書類を持った友人を見つけ必死に手を伸ばすも、群集の波に呑み込まれるようにアウシュビッツ行きの収容列車へと押しやられ、そして彼の目の前で重くドアが閉ざされ、彼の目の前から突然に光が断ち切られた……。 診察室でユダヤ女性が裸にさせられ、唇をめくられ、鼻に定規を入れら、角度を図り、身体的特徴からユダヤ人であるか否かの判定を受けるという、屈辱的な「身体検査」で描かれたファシズムの恐怖をみせつけた冒頭シーンとあわせて、このラストシーンは鮮烈な印象で脳裡に刻み込まれた。 ![]() アラン・ドロンがメキシコに亡命していたトロツキーを殺した男を演じた「暗殺者のメロディ」(1972) レーニンたちとともにロシア革命を成功に導いた指導者の一人でありながらも、レーニンの後任と目されるスターリンによって祖国を追われ、亡命先のメキシコでもスターリンが送りこむ暗殺の魔の手を警戒しながら暮らす日々を送るトロツキー(リチャード・バートン)。 そのトロツキーの暗殺者として送り込まれたフランク(アラン・ドロン) トロツキーが国家権力に追われた男とするならば、暗殺者フランクは国家権力に洗脳された男といえるだろう。 しかしトロツキーを前に、その威厳ある姿にフランクはたじろぎ暗殺のチャンスを逸する。 洗脳の壁が崩れても国家の繰り人形のごとく動き、そしてトロツキーを滅多切りにする。その後、フランクがみせた狂気のような咆哮は、フランクの内なる人間性が崩壊する断末の叫びでもあっただろう。 最愛の妻に看取られトロツキーは息を引取り、そしてフランクは刑務所で「お前は誰だ?」と問われても呆けたように「トロツキーを暗殺した男だ」とつぶやくだけだった。自らを喪失し抜け殻同然のフランクに、国家の歯車に巻き込まれ潰れていった男の哀れさをみる。そしてこんなフランクを通してファシズムに対する憎しみが、まざまざと感じ取れる。 ![]() カンヌ映画祭でパルム・ドールを受賞した、英国の緑豊な田園を舞台にした「恋」(1971)。 少年レオは友人の別荘に招かれ、そこで出会った長姉マリオンに淡い恋心を抱く。性に目ざめ始めたレオのマリオンに対する恋心は、エロティックな匂いを漂わせながらも、どこまでも無垢なものだった。そのマリオンは使用人の青年と階級社会では許されぬ身分違いの恋仲にあり、少年はマリオンの歓心を得るために二人のメッセンジャーボーイとなる。しかし、少年の潔癖な無垢な恋心は、現実の生々しさの中で踏みにじられていく。 ![]() 「エヴァの匂い」 (1962) 炭坑夫のティヴィアンはいまや新進気鋭の作家であり、時代の寵児としてブルジョワ社交界でもてはやされる存在だった。しかしエヴァという一人の女性と出会い、彼女の虜となり、蜘蛛の巣に絡められるようにエヴァに引寄せられ、名誉も誇りも失い、エヴァに疎まれながらも、ただ彼女の周りを野良犬のようにうろつく男に成り下がっていた。 ![]() 「緑色の髪の少年」や「大いなる夜」のラストの笑顔がどの作品にももはや存在しない。 後にジョゼフ・ロージーは「入党は誤りだった」と当時の自分の行動を否定しているが、ハリウッドの吹き荒れた赤狩りの嵐については、ミシェル・シマンがそのインタビューでソ連でも同じようなことが行われていたという指摘に対して、彼は「あれ以上に酷いものはなかった」とファシズムをはじめあらゆる反動的なものに対する嫌悪を顕わにしている。 そして、「パリの灯は遠く」「暗殺者のメロディ」ではファシズムを、「恋」では貴族社会、彼らの階級意識を、「エヴァの匂い」では一人の労働者階級の男をブルジョワ社会に放り込み、彼の堕落していく姿を描きながらアイロニカルな視線でブルジョワジーを、ジョゼフ・ロージーのその批判の魂はさらに陰鬱なまでの鋭さをまし、観る者に鮮烈な印象を残す。
by mchouette
| 2009-11-02 13:23
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