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11月末だというのに暖かな週末。
大阪府知事選と大阪市長選のダブル選挙日だった27日、日曜日。 京都・三条にある京都文化博物館で、12月11日まで開催されている「京の小袖展」に行ってきました。 文化博物館に入るなら、別館になっているレンガ造りの旧・日本銀行京都支店から入りたい。 ![]() 着物に興味があるというよりも意匠に興味あり。 着物の原型とも言われている小袖が、桃山時代から江戸時代にかけて一気に花開き、円熟。 呉服の老舗企業のコレクションが一堂に集められた今回の小袖展は、染め、刺繍、織りそれぞれに最高の技術の集結といってもいいほど。 織りと絵師と染と刺繍のそれぞれの職人が互いに刺激し合い、一つの芸術作品を創りあげていったといってもいいほど。 時代を経てもなおそんな息遣いさえ感じさせるほど。 桃山時代の小袖は、幻の染といわれている辻が花染めが多い。目を凝らしてみるとその凝った仕事にため息… 吉原の太夫の小袖などは、これぞ大人の粋! 古代紫一色で、肩だけに幾何学模様の刺繍 白金色の地に、刺繍で施した絵柄は襟だけ。肩から裾までこちらは大胆な幾何学模様。 偶々かもしれないけれど、花鳥風月をモチーフにした絵柄でないのもこの時の流行だったのか、はたまた彼女達なりの一線を画した意気なんだろうか。 重要文化財に指定されている、御所車を図案化した紅色の総絞りの小袖の、地の紅と絞りの白のなんとシンプルで、それでいてインパクトのあることか。 豪華絢爛でも本物だけが放つ品位と粋。 大胆で、繊細で、斬新で…時代を超えた揺るぎない美。 ………………………………………………………………………………………………………………… 時間を忘れ、時代の最高の技と贅をたっぷりと堪能した後は遅めのランチタイム。 日曜日の京都・寺町界隈は観光ガイドやグルメガイドをもった人たちの多いこと。 カウンターだけの安くて美味しい洋食屋さんのランチメニュは売り切れ。 野菜中心のおばんざいだから変な今風のレストランよりは無難だろうとおばんざいバイキングの「はせがわ」に入る。店の名は「万采はせがわ」。グルメ雑誌や旅行関係の雑誌に掲載されいたからか店の外は行列で次々と入ってくる。 野菜の炊いたんや酢の物や和え物がそれぞれ大鉢にもってあって、好きなだけ。薄味で、お値段も1050円だから繁華街でこの値段でこの味だったらお手頃でしょう。 やはり食後のコーヒーはゆっくり味わいたい。 三条寺町のスマートコーヒー店に入る。 コーヒーが素直に美味しくって、古い店で満席だけどなぜか寛げる雰囲気。 ここのフレンチトースト、と自家製プリン、それからホットケーキは名物メニューで、3時のおやつに生クリームたっぷりのケーキなんかよりずっといい。 一緒に行った友人と二人、私たちも別腹でフレンチトーストとプリンを半分こして幸せ気分。ランチの後になぜか食べれることが怖ろしい。 手前の小松屋さんでお土産に「きんつば」とこの店の名物「八方焼き」、それからニッキを聞かせた「お芋さん」を買い求め、これは夕食の後の甘いもんに。 京都にいけば、最後はやっぱり甘いもんで締めくくりとなる。
かの有名なメディチ家歴代の収集品を基本とするイタリア・フィレンツェにあるウフィツィ美術館には、1700点を超える画家や彫刻家の自画像が所蔵されているんだそうだ。
そのこと自体が面白くって、2月の3連休の一日、散歩がてら展覧会会場の大阪・国立国際美術館まで出かけた。 ![]() このコレクションは、メディチ家の大公コジモ2世(1590-1621年)の末子レオポルド・デ・メディチ枢機卿(1615-75年)が、「自画像こそが芸術家のスタイル、芸術観、世界観、自意識すべてを内包している」と考え、芸術家の総カタログのようなコレクションにしたいという想いを抱き、1664年から収集を始めたんだそうだ。画家たちも芸術家の殿堂であるウフィツィ美術館のコレクションに自身の自画像が所蔵されることを望むようになり、また美術館創設400周年にあたる1981年には、記念事業として国際的に自画像寄贈のキャンペーンを展開し、現在では約1,700点を収めるまでになったとのこと。 驚かされるのは、この自画像は、美術館とアルノ川をはさむ対岸のピッティ宮殿を空中通路でつないだ「ヴァザーリの回廊」に展示されていて、この回廊がなんと王政を営むヴェッキオ宮からメディチ家の住居であるピッティ宮殿まで一歩も外に出ず、護衛なしで移動出来たんだそうだ。 壁面に飾られた芸術家達の自画像を眺めながら歩いたんでしょうね。 ヨーロッパのいわゆる財閥、豪商達の財の規模も藝術に対する認識も価値観も、日本などとはスケールもラベルもレベルも桁違いだわと今更ながら思う。 展示物そのものよりも、こんなスケールに、ただただ、へ~~と驚いてしまう。 展示構成は、 第1章 レオポルド枢機卿とメディチ家の自画像コレクション(1664-1736) 第2章 ハプスブルク=ロートリンゲン(ロレーヌ)家の時代(1737-1860) 第3章 イタリア王国の時代(1861-1919) 第4章 20世紀の巨匠たち(1920-1980) 第5章 現代作家たち(1981-2010) と年代別だから、時代の空気も自画像からみえてくるのもちょっと興味深くはありました。 ユニークな作品も出会えるかしらと野次馬的に期待して行ったけれど… やはり自画像。 自虐的なテイストのものもあるけれど、真面目に正統的にナルシスト的に描いてらっしゃる。 今回、草間彌生さん、横尾忠則さん、杉本博司さんの自画像がウフィツィ美術館の自画像コレクションに新たに加わりそれも展示されていたけど、ふ~ん、そうなんだぁと思った。 でもこんなユニークなコレクション。 やはり見逃す手はないでしょう。 そして実際にウフィツィ美術館そのものの中で鑑賞したらもっと素晴らしいんだろうなって思う。なにしろ自画像コレクションを生かすためにつくられた美術館といってもいいのだから。 でも何とかしてほしかったのが、会場となっている大阪・国立国際美術館。
大阪・中の島にある東洋陶磁美術館で2月13日まで開催されていた「ルーシー・リー展」
昨年10月にまだ妊婦さんだった娘夫婦と熱海に旅行に行ったとき、帰る前に立ち寄った熱海駅前の喫茶店で貼られていたポスターで、熱海MOA美術館で開催されている彼女の作品展を知り、観れなくって残念と思っていたら、巡回展で1月から大阪にやってきた。これを見逃したら二度と会えないかもしれない彼女の作品たち。 映画は見逃してもスクリーンで観る醍醐味はないけれど、半年もたてばWOWOWでも観れるでしょう。 でも展覧会は…一期一会の思いで1月最後の週末に美術館まで足を運びました。 東洋陶磁美術館は、経営破綻した大手総合商社だった安宅産業の安宅英一氏が鋭い審美眼で心血注いで収集した東洋陶磁のコレクションの散逸を防ぐ為、住友グループが大阪市に一括寄贈し、1982年に設立された美術館。 美しい桃色。 澄み切った青色。 潔く描かれた線。 彼女の作品をみていると、真冬の真っ白な雪の純潔さと、春の暖かい柔らかさと、はらはらと落ちていく落ち葉の季節の落ち着きと、そして真夏の大胆さが一つの器に同時に表現されているような…そんなルーシー・リーの作品。 ![]() 80歳を過ぎた彼女のインタビュー映像。 本当に小柄な女性。品のいいイギリスのおばあちゃんといった風情のルーシー・リー(1902-1995)。 でも話すときの彼女の瞳には一点を見つめ続けるきりっとした緊張感が充ちている。 井戸の縁にお腹をあてて身を乗り出して水を汲むように、アトリエに掘られた電気窯から作品を取り出していくルーシー・リー。半分以上も身を乗り出して、インタビュアーに「足を押さえてちょうだい。落ちそうなの」という一こまも。 歩んできた彼女の地道で厳しかった人生が、揺るぎなく毅然とした包容力と強さと穏やかさを醸し出させているのだろう。 ![]() 寒さの厳しい今年の冬にあって、この日は久しぶりに穏やかな気候で、ルーシー・リーさんの作品とともにゆったりとした時間を楽しめたひと時。 買い求めたポストカードの一枚を木のフレームにいれ玄関の脇に飾った。 観るたびになぜかホッとした気持ちにさせてくれる彼女の作品と色。 ありがとう。
大阪の国立国際美術館で開催されている「マン・レイ展~知られざる創作の秘密」。
会期は11月14日まで。 ![]() 今回の展示会は、マン・レイの遺族が設立、全作品の著作権を所有するマン・レイ財団所蔵の写真、絵画、彫刻、デッサンおよびマン・レイ自身の所持品を一堂に集めて、2007年から欧州を巡回している展覧会が、日本にも紹介され、東京と大阪で開催されることになったもの。マン・レイといえばこの写真がすぐに頭に浮かぶほど。シュールな作品のほんの一片でマン・レイその人と思っていたに過ぎない。 ![]() 芸術家としてのマン・レイの作品にどれほどの魅力を感じるかしら? そんなことを思いながら行こうかどうしようと迷っているときに、いつもブログを通して交流させていただいている用心棒さんの本展覧会の記事を読んで、これは行かなくては!という気になってこの週末に美術館まで足を運びました。 そんなマン・レイの、今回の展覧会のサブタイトルにあるように、今まで知らなかったマン・レイその人、そして彼の創作活動の足跡に触れることができた貴重な展覧会。 彼と写真との出会いが、画家として活動していた彼が自作の絵を写すため。そうして撮られた作品の写真プリントを彼はカードファイルにして保存していたのだそうだ。その複写版が会場に置かれていて自由に閲覧できた。 そうした撮影から生れた彼独自の撮影や現像技法。 写真にとどまらずサイレント映画でも実験的な試みをしている。そんな実験的な映像作品4編(1作品15分程度)も会場の一隅で放映されていた。 マン・レイの映画にミューズとして出演している恋人のキキ。 キキと別れ、その後のマン・レイの人生における生涯のパートナーとなるジュリエットと過ごしたアトリエのこと、そのアトリエで生前のマン・レイを語るジュリエットを撮ったドキュメンタリー映像も興味深かった。 このアトリエの写真を見て魅了された写真家の篠山紀信が、是非ともこのアトリエの写真を撮りたいとフランスまで行ってさまざまな視点から撮ったアトリエの写真が出口手前のコーナーで展示されていた。 戦火を避けてアメリカのロサンゼルスに移り住み、この頃には多くのハリウッドスター達の写真を撮っていたそうだが、パリほどの名声は得られず、「ロサンゼルスは美しい牢獄だ」と手紙に記したアメリカにおけるマン・レイの不遇な状況がうかがい知れる。ユダヤ系であったマン・レイはドイツ占領下のパリを離れざるを得なかったのだろう。 戦後パリに戻ったマン・レイがジュリエットと共に生涯の創作活動の場となったこのアトリエ。 1976年、パリで生涯を終えたマン・レイルはモンパルナス墓地に葬られ、ジュリエットによって刻まれた墓碑の言葉 「Unconcerned, but not indifferent」 無頓着しかし無関心ではなく マン・レイモダンアートの先駆者ともいえるマン・レイの地道な創作活動に触れる時間をもてた展覧会だった。 いつもは図録集を買うのだけれど、今回のマンレイ展はあえて買わなかった。 彼の創作活動の途上に立ち合わせてもらった。そんな思いを強くもった作品展だった。図録を見ながら「これがマン・レイ」そんな風に括りたくないなって思った。 こんな私の感覚は、墓碑銘に刻まれたもう一つの言葉「Together Again」とも通じるのかしら。 ![]() 展覧会に行くと5枚だけポストカードを買うことにしている。 真っ先に選んだのが5枚のうちの1枚のこのカード。 国立国際美術館の次回催しは ウフィツィ美術館 自画像コレクション「巨匠たちの「秘めた素顔」 一般には公開されていないウフィツィ美術館コレクションから約70点を厳選して紹介されるとか。これも興味深い内容。是非行かなくては! こんないい展示をしてくれる美術館なんだけど、ちょっと愚痴りたい… More ……市川海老蔵 忠信・知盛・権太三役相勤め申し候三連休の初日、9月大歌舞伎を観に京都・南座まで。 義経と静御前の別れを織り込みながら、市川海老蔵が義経の家臣で静御前に付き従う忠信と、平清盛の息子で壮絶なる最期を舞台で見せる知盛、そして「いがみの権太」と呼ばれる小悪党の3役を演じ、昼の部3幕、夜の部3幕すべて海老蔵出ずっぱりの今回の公演。 訪欧凱旋公演とあるように、6月のロンドン・ローマ公演では昼の部より2幕、夜の部より1幕の3幕が「義経千本桜~忠信編」として上演されて、スタンディング・オベーションだったとか。私はそれぞれの舞台のいくつかは演目の一つとして今まで観てきたけれど、通し狂言ということで、この機会にとう~んと悩んだ挙句に昼夜両方を観ることにしたので朝から晩まで一日べったり南座にと。 しかし、昼の部は11時から午後2時55分まで。夜の部は4時15分から9時まで。幕間に25分から30分の休憩があるとはいえ、一幕がそれぞれ1時間半以上の舞台。さすがにこの長丁場は観るほうも体力が要る。夜の部と昼の部の間の時間には南座の周りを30分ほど歩き回ったほど。昼の部の「道行初音旅(みちゆきはつねのたび)」では頼朝の追っ手から逃れた義経が吉野に身を隠していると知った静御前が、義経から護衛を託された忠信とともに吉野に向う道中、それぞれに義経を思い桜満開の吉野の山で、静御前の鼓の音とともに舞を踊る舞台。忠信に海老蔵、静御前に玉三郎の二人舞台。昼の部の最後にふさわしいしっとりとした情緒のある舞台。 じつは静に同行するこの忠信は子狐が化けた忠信。義経が別れの際に静御前に与えた鼓は、メス狐とオス狐の皮で作られており、子狐の両親。鼓の音色を父母と恋慕い、鼓と離れがたく忠信に化けて鼓を持つ静御前と旅を続けているというもの。 この狐忠信は、夜の部の大詰めで海老蔵宙吊りの舞台へと繋がっていく。 演目によっては、海老蔵まだまだお若いわネェと思えるところもあったけれど、夜の部のこの最後の舞台では、この舞台だけでも1階席料金の値打ちはあるわと思わせてくれた舞台。海外公演でも演じたフィナーレを飾り、これはスタンディング・オベーションで熱狂したのも納得。夜の部の大詰めの第一場「川連法眼館(かわづらほうげんやかた)」の舞台では、本物の忠信(海老蔵)が登場し、忠信に扮した子狐(海老蔵)の本性がわかり、床下に逃げたかと思うやあっという間に子狐の姿をした海老蔵の早変り。そして静御前に父と母の皮で作られた鼓のこと、父母をなくし浦井思いで過ごした我が身のこと、鼓恋しさの思いを、切々と甲高い狐言葉で切々と訴える下り。中性っぽい風情のその姿は女形も演じられる海老蔵ならではの子狐。 捕らえようとする人間達の間を子狐の海老蔵が舞台狭しと動き回る子狐の様! しゃがんだ格好で つ・つ・つと滑るように歩き、飛び跳ね、欄干を飛び越え、欄干をしゃがんだままで、す・す・すと渡り、鼓を慕って階段を飛び上がり、素性を知れたからには父母の鼓と別れお山に戻ろうとする子狐の身を切られる辛さ悲しの姿は胸を打つほど。 この舞台、しっかりと双眼鏡で観ておりました。汗が顔から流れ落ち、子狐の衣装の中も汗びっしょりだったことでしょう。 ……市川海老蔵宙吊り狐大法相勤め申し候そして子狐の語る身の上と今の我が身の境遇と重ね合わせ、子狐を哀れと思った義経はその鼓を子狐に授ける。鼓を抱きしめ歓喜に我と我が身を打ち震わせながら子狐は遠いお山へ駆け上がる。子狐の喜びを全身で表しながら宙吊りで花道を引っ込むまで、どれだけ拍手が沸き起こった舞台だったことか。 この宙吊り場面だけは、目の前の間近で観れる2階3階席花道近くで観たかったこと。そして5分間の休憩の後の場面は「蔵王堂」。 私の席から一人置いて座ってらしたおば様方数名のご一行は子狐の舞台に大いに満足されたご様子で、これが最後と思ったのか「これだけ観たらもう十分だわ」と早々と帰り支度。休憩の表示に慌てて座りなおしてたのも微笑ましい。それだけ舞台が良かったのでしょう。先ほどとは打って変わって、本物の忠信の凛とした姿で海老蔵が花道から登場<5分の間に着替える早業>。 平家の最後の武将である平義教と、彼に兄を討たれた忠信との対決。この場面は「猿之助四十八撰の内」と添え書きがあり、猿之助が2百数十年ぶりに復活させた舞台だそうだ。 そして先の場面で演じた子狐の舞台はさまざまに演じられているけれど、これが当たり役の猿之助の指導を受けての今回の海老蔵の舞台。スーパー歌舞伎という現代風歌舞伎にも熱心な猿之助ならではの斬新な演出も今回の演目にあっては新鮮に感じる。ケレン味たっぷりに海老蔵が見せてくれたこの舞台、この狐忠信の役は彼にとっても当たり役となるでしょう。また機会があればこの舞台は海老蔵でもう一度観てみたいと思う。 最後は海老蔵演じる忠信を真ん中に一同揃っての大団円。 海老蔵宙吊りは夜の部の見せ場。そんな舞台が目当てなんでしょう。だらりの帯の舞妓さんが3人ほど連れ立って前の方に座ってらした。お年を召してもしゃきっとした粋を感じさせる着物姿の方も。こんな光景も京都南座ならでは。 帰りに舞台の余韻を味わいたくって喫茶店に立ち寄って、家に着いたら11時。 でも、いい舞台をみせてもらった昂ぶりで疲れよりも充実感の方が大きくって夢見心地で、翌朝、実家の母親とひとしきり舞台のあれやこれやをお喋りして、それはそうとチケット代まだ返してもらってなかったわねの母の一言に現実に戻されて…松竹の会員になっている母を通して買い求めた今回のチケット…催促せんでも返すやんか!(ぶつぶつ) 今日から9月。さて、観たい映画が少なく、映画館通いがとんと少なくなったこの頃。 秋は歌舞伎三昧といきたいけれど、いいお席となるとチケット代も高い(映画が何本観れる?!)からそんなわけにはいかないけれど…… 9月は京都南座で海老蔵の訪欧凱旋講演と銘打たれた大歌舞伎「義経千本桜」を観に行く。 昼と夜どっちに行こうか? う~んと悩んでエイヤッで夜の部と昼の部の両方観ることに。海老蔵の舞台は彼の襲名披露公演以来。新之助の時から観ているけれど彼は舞台栄えする。歌舞伎の枠からはみ出すような豪放さもちらっと感じられ、海老蔵になってからの舞台は楽しみ。 共演の玉三郎のお姿も観たいし…♪ ![]() 10月は大阪城西の丸公園に江戸時代の芝居小屋を再現させた中村勘三郎を座長に開催される平成中村座の10月公演を観にいく。 前回の平成中村座は彼がまだ勘九郎だった時。扇町公園に芝居小屋を設えてのNY凱旋公演。舞台の後ろがばたんと倒れ、勘三郎らが舞台から走り出るという仕掛け。同じ事をNYでもやってのけ、歌舞伎の衣装でNYの町を走り回る映像が舞台の大スクリーンに映し出され、大いに楽しませてもらった。今回もどんな仕掛で楽しませてくれるのやら。歌舞伎で勘三郎の舞台は何度も観ているけれど、彼は持っているエネルギーと情熱を全部出し切って…と思えるほど観客を楽しませてくれる。勘三郎襲名披露公演でも和気藹々ながら熱のこもった楽しい舞台だった。 節約・倹約と財布の紐を握り締めながら、口元はニヤニヤと緩んでいる~(笑)
日曜日の午後。兵庫県立美術館で5月30日まで開催されている写真展「写真家中山岩太『私は美しいものが好きだ。』レトロ・モダン 神戸」に行ってきた。
![]() この美術館は神大震災の後に「文化の復興」のシンボルとして建設された建物。 JR灘駅で降りて坂を下りていくと、海を臨むように建っている。 建築設計は安藤忠男。 色のないコンクリート打ちっぱなしのこの建物に蔦と木々の緑が良く映える。 そして入り口に展示案内として掲げられている中山岩太のモノクローム作品、「上海からきた女」、ポスターにもなっている「髪の長い女」がしっくりと似合っている。ここから既に中山岩太のモダニズムの世界に誘われていくような……この美術館は、建物のエントランスから入り口に向かって歩いている間に下界と遮断された空間に入り込んでいくような、そんな時間を醸し出している。 写真というより絵画とも思える彼の作品。 モダンアート。 中山岩太(1895~1949)の写真展をみた印象。 中山岩太は1918年に東京美術学校臨時写真科第一期生として卒業後、農商務省の派遣でアメリカのカリフォルニア大学で学んだ後、ニューヨークで「ラカン・スタジオ」を開設。1926年にはパリに渡りマン・レイや藤田嗣治らと親交をあたためる。それよりも静寂に包まれた異空間ともいうべき展示会場で、レトロなムード漂うひと時を堪能できたのがなにより。 そして第二部「中山岩太たちが遺した戦前の神戸」のコーナーでは、第二次世界大戦下、外務省の命令に反してビザを発行し「東洋のシンドラー」といわれている杉原千畝によって救い出されたユダヤ人たちが、敦賀港に寄港し神戸に来るというニュースを知った安井仲治を中心とする丹平写真倶楽部のメンバーが、神戸に滞在していた彼らを撮影。シリーズ「流氓ユダヤ」として発表した写真も展示されていたのが興味深い。 当時、洋服屋を経営していた妹尾盛夫(妹尾河童の父親)は頼まれて彼らの服の修繕を行ったが、何十日も風呂に入らずかつ体臭の強い彼らの服の臭いが家中に広がったが、私にできるのは服の修理しかないとがんっばって修理したというエピソードも掲げられていた。(妹尾河童「少年H」にもこの時のことが書かれている。) ![]() 5月の連休の一日。 真夏のような暑さに遊びがてら遠出する気も失せ、かといって映画館で籠もるのもなぁ…運動がてら連休で閑散とした大阪市内を散策しながらもいいかな…ということで大阪中ノ島にある国立国際美術館で開催されている「ルノワール展」を観にいくことに。 先日は神戸まで「トリノ・エジプト展」を観にいき、この連休は展覧会づいている。 この国立国際美術館って、訪れるたびに思うのだけど、あまり動線を考えて設計されていないんじゃないかしら。外観も展示の仕方もあまり好きではないなぁ。 愚痴とは関係なしに、今回は画家オーギュスト・ルノワールの作品ばかり85点。 やはりこれは観にいく価値ありの展覧会。 思ったほどには混んでおらず、案外とゆっくりと鑑賞できたのが何より。 ルノワールといえばふくよかで生命の光を感じさせる女性の肖像画とか風景画が思い浮かぶのだけど、作品群の中で今回とりわけ印象的だったのが花や静物を描いた作品数点。 「花瓶の花」「アネモネ」「ダリア」「薔薇」「イチゴのある静物」「静物」「水差し」 ルノワールは裸像を描くにあたって、その表情をつかむ意味でも花をよく描いたそうだ。 買い求めたのもそんな花の肖像画のポストカードばかり。 今回の展覧会にあたって、箱根にあるポーラ美術館所蔵のルノワール作品にエックス線と赤外線映像で一枚の絵から画家の足跡を辿ろうとした企画は興味深かった。 迷いと苦悩の時期にあった1888年に発表した「水の中の裸婦」では、女性の太股の線はもっと細く後から加筆していることがわかる。 それが晩年にはその線に迷いはなく直接カンヴァスに書いているのがわかる。 ルノワールの緑はエメラルドグリーンとビリジャン。 初期の作品にはこの2つの緑が使われていたけれど、後年には使う緑はビリジャン1色だったということもエックス線と赤外線による解析で明らかになったそうだ。 それから大阪会場のみの展示である「イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢 (可愛いイレーヌ)」 この作品はルノワール作品の中でも有名すぎるほど。今回の大阪会場のポスターにもなっていて今までもどれだけ観てきたことか。モデルになったイレーヌは12、3歳の少女かと思っていたら、なんと当時8歳だったというのも驚き。 普段の印象派展などではお目にかかれないルノワール作品なども今回の展覧会で観れたのも良かったけれど、2008年に京都国立近代美術館で開催された「ルノワール+ルノワール」展で、改めてオーギュスト・ルノワールの作品がどれほど素晴らしいかを教えてくれ、ルノワールの人物、彼が目指したものをその作品を通して見事に甦らせ見せてくれたお陰で、今回のルノワール展も新しい視点で鑑賞することができたと思う。 そんな素晴らしい展覧会を知っただけに、今回の展覧会はテーマを決めて展示はしてあるものの、「ルノワール+ルノワール」のような魅力ある展示とも言いがたく、サブタイトルの伝統と革新というテーマに迫っていたかどうか…。
連休の間に行った展覧会は「ルノワール展」と、この「トリノ・エジプト展」
トリノ・エジプト展の方は、門外不出のツタンカーメンの石像がやってくるのコピーに、これは行かなければと心待ちにしていた展覧会。 会場は神戸居留地にある神戸市立博物館。 トリノ・エジプト展でなんと言っても圧巻なのは彫像ギャラリー。 「アメン神とツタンカーメン王の像」は高さ209cm、幅90cm、奥行112cm。 カルナクのアメン大神殿の財宝を監督していた役人イビの人型棺の蓋は長さ197cm、幅62cm。 オシリス神をかたどった王の巨像頭部は高さ149cm、幅48cm、奥行60cm。 ライオン頭のセクメト女神座像に至っては高さ253cm、幅61cm、奥行116cm。 どれも半端じゃなくデカイ。 ![]() 大英博物館とはまた違う迫力のある展覧会だった「トリノ・エジプト展」 連休の間のちょっと充実したひと時だった。
久しぶりに晴れて暖かさも程よい日曜日。
こんな日はいい映画もないのなら、ウォーキングも兼ねてちょっと足を延ばして展覧会に行きましょうとなる。 ちょっとマニアックなところで 京都・相国寺の中にある承天閣美術館で開催されている、江戸末期から明治期に活躍した漆職人であり画家でもある柴田是真(しばたぜしん)の作品展「柴田是真の漆×絵~江戸の粋・明治の技~」を観に行ってきた。ここは以前、伊藤若冲展が開催されたところ。 アメリカのキャサリン&トーマス・エドソン夫妻が収集した是真の漆工と絵画約70点が初めて里帰り。 精緻を通り越して超がつくほどの是真の卓越した技と高い芸術性。そして遊び心溢れたなんともユーモラスな発想と粋さ。螺鈿の使い方も上品。 彼の作品をみていると<espritエスプリ>を感じる。 相国寺の門をくぐると、新緑に彩られた庭園が眼に爽やかで、緑だけのこのシンプルさが心地良い。そんな中で利休梅の白が際立つ。 ![]() ![]() ![]() 展覧会に行く前にランチをと、同志社大学の法科大学院のある建物の1階にあるレストランで。マッシュポテトがなにやら美味しそうと仔牛肉の赤ワイン煮込みのAランチを。スープとサラダもついて、なんと500円! 味つけも美味しくって、オープンテラスの雰囲気もよくって、その辺のレストランで食べるよりよほど上等。 ここは私が通っていた頃は学生会館だったところ。奥の別館はサークルボックスがあって、キャンパスよりもここにいることのほうが長かった。学生時代の思い出が一番詰まっていた場所。立派になってしまったこの場所にちょっと淋しさを覚える。 何を観にいこうかってあれこれ迷った結果の「柴田是真展」は相国寺のお庭と是真の遊び心溢れる粋と軽妙洒脱に触れて、大正解。 More < 前のページ次のページ >
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