by mChouette 検索
カテゴリ
全体 ■映画 =映画:あ行 =映画:か行 =映画:さ行 =映画:た行 =映画:な行 =映画:は行 =映画:ま~わ行 ■映画・雑記 ■ドラマ ■展覧会・コンサート ■一冊の本 ■徒然なるままに… ■美味しいもの ■アウトドア・旅 ■勝手にバトン ■ご挨拶・お知らせ 未分類 最新の記事
その他のジャンル
|
ALICE ET MARTIN 1998年/フランス/124分 「夜の子供たち」に続いてのアンドレ・テシネ監督作品。 原題は「アリスとマルタン」 どこから「溺れゆく女」という邦題が出てきたんだろう。 マルタンという年下の青年と恋におちたアリスは、溺れていくどころか、逆に誤ってとはいえ『父親殺し』という自分の犯した罪の意識に、自己喪失状態に陥り、自分の過去に溺れていく青年を、引っ張り上げ、歩かせ、一歩前に踏み出す勇気を与える女性。溺れていったのは年下の青年マルタンの方。女性受けを狙っての邦題なんだろうか。原題のままの方が良かったのにと思う。 アリスにはジュリエット・ビノシュ マルタンにはアレクシ・ロレ。彼はモデルで演技経験はゼロだとか。 ストーリーは覚えているけれど、マルタン役の男性の顔が全く記憶に残っておらず、繊細で壊れそうな雰囲気だったかな、ってイメージだけが残っていて、そのくせ、ビノシュが歯磨きしているシーンとか、変なとこだけが鮮明に覚えていたりする。映画の記憶とは、結構曖昧。アンドレ・テシネ監督作品って、私が観た中では、あるシーンとか作品そのものが鮮明にイメージに焼きついているという作品は案外少ない。ドラマティックに盛り上げるよりも、心の襞、感情の動き丁寧に掘り下げてオーソドックスに描いているからかもしれない。見直すと、何かしら営みの中の人の心模様とか、見落としていた部分とかが見えてきて、あまり気にも留めなかった人の動きとか台詞が案外と大事だったりとか、こうした発見があるのは嬉しい。 どんな顔の人だったかなってことが時折気になっていた本作。やっと再見しました。 やはり役者の顔よりもモデル顔。やはり眼が違うのかなって気もする。でも過去の罪に苛まれる内向的な青年役をビノシュ相手によく演じていた。 マルタンは非嫡出子。10歳まで美容院をやっている母親と暮らす明るく行動的な少年だった。10歳の時、母親はマルタンの将来を考えて父親の元へ彼を行かせた。父の家には妻と3人の兄がいた。この家に居たくないという思いがマルタンの心を占める。真冬に裸になって窓を開ける彼の行動が痛々しい。病気になるか、いっそ死んでしまってもいいと思ったのだろう。10年間で明るい少年だったマルタンは内向的な青年になってしまっていた。 ある意味、マルタンは実の母に捨てられ、父の家族の中で常に異邦人であり、自分の居場所を見失ってしまっている一人の孤独な青年の姿が浮かび上がる。 「10年間、父さんの期待に応えようとしたけれど無理だった」大木の前で、母や家族の愛という水もなく、マルタンの根は枯れてしまったように項垂れる。 マルタンの母親を演じているのはペドロ・アルモドバル作品でお馴染みにのカルメン・マウラ。 ゲイで役者志望で父に反抗して家を出てパリに暮らしている3番目の兄バンジャマンは、そんなマルタンが唯一心を許せる身近で親しい存在。家を出ろ、潰されるぞとアドバイスするバンジャマン。家を出ようとするマルタンは止めようとする父親と言い争い、誤って階段から父親を転落させてしまう。思わず着のみ着のままで家を飛び出したマルタンは、バンジャマンのいるパリに向う。 アリスはバンジャマンと同居しているヴァイオリン奏者。売れない芸術家の二人の暮しは電気代も事欠く生活。そんなパリでマルタンはモデルにスカウトされ、瞬く間に売れっ子モデルとなり、一流化粧品会社のモデルになったマルタンのポスターがパリの街に溢れる。 バンジャマンやアリスが必死に働いても手にできないお金をマルタンはわずか数時間で稼ぎ出す。経済面で互いの立場が逆転してしまった。それとともに今まで全てにおいて優位であったバンジャマンのマルタンに対する感情も微妙に変化する。経済的に優位にたったマルタンに対する卑屈さとジェラシーと対抗心。経済が人の心を支配し、人間関係の価値観まで変えてしまう。この後のバンジャマンについてもテシネ監督は鋭い人間洞察で彼を描いている。 アリスもまたマルタンのいるセレブの世界を前に、自分自身の貧しさに惨めな思いに陥る。そんなアリスにマルタンは一途な愛を訴える。実の母からも家族からも見捨てられ、愛する人を持たなかったマルタンにとって、アリスは初めて愛を感じた女性。 しかしアリスの妊娠を知ったマルタンは自分の中に流れる血、「父親殺し」の過去を持つ人間の血の存在を目の前に突きつけられ、自己喪失に陥り、精神病院に入院する。「事故よ」と慰めるアリスに「殺意はあった。僕は父を殺したかった。殺人だ」と告白する。アリスという愛の救いを得たマルタンは、やっと逃げてしまった過去の自分と向き合う勇気を持てたのだろう。 自らを救い出すために、法の裁きを受けたいと願うマルタンのために、アリスは法廷での証言を依頼するマルタンの手紙を携えてマルタンの義母を訪ねる。アリスはそこでそれぞれの人間のエゴを目にする。 週末になると夜遊びに興じるマルタンの実の母高邁な論理も優しさもポリシーも、営みのバランスが崩れると、かくも人の心は自己保身に走るものなのだろうか。テシネ監督は洞察はアリスの目を通してそんな彼らを描いている。 マルタンの家族のそれぞれにエゴの中で、マルタンの孤独をアリス自身が味わう。 そしてアリスはマルタンの全てを引き受け子供を産むことを決意する。 警察に自主し裁きを受けたいと判事に告げるマルタン。 結婚パーティで明るくヴァイオリンを弾くアリス。 アリスはマルタンにとっては母なる大地。ビノシュはそんな大地の強さを感じさせる女優だ。マルタンに愛されていた頃のアリスより、自己喪失に陥ったマルタンを引っ張り歩かせ、マルタンの故郷で奔走するアリスの姿の方が生き生きと見える。 愛の喪失が人を孤独に陥らせ、愛によって再び自分を取り戻す勇気を与える。 テシネ監督の人間に対する鋭い洞察と優しい眼差し、力強さも感じる作品だ。 <「年下のひと」「夜の子供たち」→ビノシュ・テシネ監督つながりで「溺れゆく女」再見となった作品。なかなか過去の作品を再見しようと思っても、あれも、これもでなかなか観きれない。こうやって繋がり、連鎖反応で観ていくのも面白い。> <写真は本州と四国を瀬戸大橋記念公園に隣接する「東山魁夷せとうち美術館」にある喫茶室からみた瀬戸内の海> 監督:アンドレ・テシネ 製作:アラン・サルド 製作総指揮:クリスティーヌ・ゴズラン 脚本:アンドレ・テシネ/オリヴィエ・アサヤス/ジル・トーラン 撮影:カロリーヌ・シャンプティエ 音楽:フィリップ・サルド 出演: ジュリエット・ビノシュ(アリス) アレクシ・ロレ(マルタン) カルメン・マウラ(ジャニーヌ) マチュー・アマルリック(バンジャマン) ジャン=ピエール・ロリ(フレデリック) マルト・ヴィラロンガ(リュシー)
by mchouette
| 2007-09-16 00:00
| ■映画
|
ファン申請 |
||