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写真:泉布館<photo by S> Vera Drake 2004年/フランス・イギリス・ニュージーランド/125分 登場人物の心の襞が伝わってくるような… マイク・リーの演出が光る作品。 1950年イギリス・ロンドン。労働者階級の人々が多く住む町に暮らすヴェラは45歳。夫のスタン、息子と娘の4人家族。息子が14歳の時、夫は第二次大戦の兵役につき、戦争が終わり、再び家族4人の慎ましやかだが幸福な日々を送っている。富裕層の家庭に家政婦として働き、病気で寝たきりの母の看病に行き、同じアパートに住む体の不自由な家をのぞいては何くれと面倒を見てあげ、一人住まいの青年に声をかけ食事に招待し……、家ではいつも鼻歌を歌いながら食事の支度をし……。 ヴェラが明るくて世話好きなごく普通の平凡な中年女性。 だが、ヴェラは家族にも秘密にして、請われるままに、子宮に石鹸水を注入するという方法で堕胎処置を行なっていた。 「困っているから助けてあげたかった」 ごく普通の女性であったヴェラが、何時、どこで、どのようにして、このような堕胎を覚えたのかは定かではないけれど、警察の取調べで「かつて、あなたも困ったことがあったのでは?」という言葉に、声を詰まらせる場面があった。ヴェラが娘時代のことであろう。 当時のイギリスの法律では「いかなる場合でも中絶は犯罪」とされ、医師の診断した場合のみ合法とされていた。しかし、医師による中絶手術費用は高額で、人々は非合法の堕胎に頼るしかなかった。 ヴェラが堕胎をおこなう女性たちの置かれた状況は様々だ。 「困っているから助けてあげたかった」 全くの無報酬でヴェラはそんな女性たちの堕胎を行っていた。だが、ヴェラと女性達の橋渡しをしていた幼馴染のリリーは、ヴェラには内緒で紹介料をとっていた。 ヴェラが処置をおこなった女性の容態が急変し入院したことによって、医師が警察に通報しヴェラが警察に連行された。 その日は、ささやかだけれど、娘の婚約パーティを自宅で開き、家族が幸福に浸っていた時だった。 「週末になるとこうした女性たちがたくさん病院に担ぎ込まれてくる」という担当の医師の言葉から当時の深刻な堕胎の実態が浮かび上がってくる。 そしてイギリスでは1967年にやっと法改正により中絶が合法化された。1948年に日本が合法化しているのに比べると遅すぎるといえる法改正だ。 おそらく非合法の下で命を落としたり、一生子供が産めなくなってしまった女性たちも多くいただろうことは容易に想像できる。 映画パンフレットによると、監督のマイク・リーの父親は産婦人科の医師、母親は助産婦だったそうだ。両親は家でこうした話はしなかったが、恐らく父親も中絶手術をおこなっていただろうと、語っている。 見せしめのためもあるのだろう。 ヴェラに下された判決は2年6ヶ月の禁固刑という厳しいものだった。 不幸な女性達の状況が社会に受けとめられず、善意で行った行為が社会にとっては犯罪であり悪とみなされる。 マイク・リーはまた、国家の意思で行なわれた戦争が、戦地に赴いた男たちに大きな傷跡を残していることも、スタンたちに戦争体験を語らせることで描いている。家族を失い、職を失い、語りたくない体験を味わった戦争。記憶に生々しく残っている。 国家や社会の意思が、個人の幸福や善、正義といったものを踏みにじる。そのジレンマに苦しみ、苦渋を味わうのは、市井に生きる生身の人々たちだ。 そして、マイク・リーはまた、ヴェラが働きに行っていた富裕階級の人たちのエゴもサラリと垣間見せている。美しい調度品の置かれた室内。会話のない母と娘。娘に無関心な母親。その娘が男友達に犯され妊娠した時、娘は母親に相談できず、たった一人で処置をする。ヴェラの人柄を誰一人証言しようとしない人たち。 マイク・リーは、戦後のイギリス社会の問題も背景に浮かび上がらせながら、ヴェラとその家族の姿を描いている。そして国家と個人という不条理な関係を静かに突きつけていると思う。 そして、そんな中で、じっくりと感動させるのは、やはりヴェラとスタンの夫婦の姿だろう。悲惨な戦争を経験したからこそ、幸福な日々の営みがどれほど大切かを思い知っているからこそ大事に守っていきたい家族。 刑務所に入り結婚指輪を外すことを求められた時、ヴェラにとっては27年間築いてきたものが一瞬にして壊れる思いだっただろう。イメルダの演技に痛さを感じる。 幸福を築き上げていくということがどれほどの重さか。 そして、それは残酷にも、いとも簡単に一瞬にして崩れるものだ。 市井の片隅で生きる彼らそれぞれに不幸を抱えている。 身体障害の夫に代わり病弱な妻が働かざるを得ないヴェラの隣人の家庭。 スタンの弟のフランク…彼は戦地で戦争の傷を胸深く持っているだろう。 生まれる生命を闇に葬った女たち。そして自らも身心ともに傷ついた女たち。 そして、ヴェラとその家族。 不幸を味わったからこそ、優しさも愛情も生まれるんだろう。 保釈されクリスマスパーティで、娘の婚約者であるレジーが「ヴェラありがとう。最高のクリスマスだよ」といった言葉。戦争で母を亡くし孤独に生きてきた彼にとって、ヴェラの優しさは胸に沁みたことだろう。 スタンは社会の規範とヴェラの犯した罪の間で動揺し苦悩するが、母親を犯罪者だと詰る息子に対し、彼は、毅然としてヴェラ個人の優しさを抱きしめ、ヴェラの全てを受け止める。 ヴェラを静かに受け止める夫スタン役のフィル・デイヴィスの静かな演技がまたいい。 刑務所の廊下を歩くヴェラ。 ヴェラのいない食卓に座る家族の光景はみんな黙りこくって寒々としている。ドアが開いてヴェラが入ってくるのを待っているかのように入り口を見つめている。 マイク・リーは、役者が演じる役以外のことは事前に教えず、即興劇によって俳優が見せる感情を演技に盛りこんで作品を構築していくという。そんな彼の独自の演出方法によるのだろう、ヴェラを演じたイメルダ・スタウントンをはじめ、それぞれの役者がみせる、心の襞が読み取れるような彼らの演技は素晴らしい。 彼らの演技が、なんでもない日々の営みに重みが生まれ、作品を重厚な味わいのあるものにしている。 …………………………………………………………………………………… 私は本作を劇場で見たときは、決して今のような見方はしていなかった。 むしろ、ヴェラに対しては「親切と優しさを押しつける世話やきなおばさん」 明るく元気すぎるヴェラの姿をみて、生理的に拒絶反応を起こしてしまっていた。 一度批判的な目でみてしまうと、駄目ですね。 ヴェラが淡々と女性たちの家に出向き堕胎処置をしているのを見て、確かに困っている女性を助けるという気持ちはわかるけれど、その優しさの裏で、あなたは、望まざるといえ、生まれてくる生命を葬っているという罪の意識、道徳心はないのか!って思いました。問題意識のないヴェラに対して随分と批判的な目で見てました。 同じように、ナチ占領下のフランスで、生計のため、堕胎処置を行うようになり、見せしめのため、フランス最後のギロチン処刑者となった一人の主婦を描いたクロード・シャブロル監督のフランス映画「主婦マリーがしたこと」 イザベル・ユベール演じる主婦マリーの方が私には、はるかに感情移入できるものだった。 処刑の恐怖から神に祈り続けていたマリーがギロチンにかけられる前に、十字架に唾を吐きかけるシーンなどは痛いほど彼女の叫びとか悔しさが伝わってきた。 貧しい私に、国は、神は何をしてくれたの!どこが悪いの! 人間のダークな部分も見せつけるマリーのほうがはるかに人間臭さを感じた。 夫や子供たちのために、家庭を潤わすために行ったことだけれど、その中で主婦から一人の女になっていった主婦マリー。物欲に走り家庭を顧みなくなり、崩壊する家庭と子供たちを守るため、夫は、自ら警察にマリーを密告するという苦渋の選択をする。 これも社会の底辺に生きる者の哀しみの物語だろう。 それに比べ、そしてヴェラ自身、刑務所で同じように堕胎の罪で服役している女性たちとの会話でも自分の行ったことについての罪の意識は薄く、家族の幸せを壊してしまったという意識の範疇でしかとらえていないように見受けれ、そして『優しさ』から家族たちに許されて……ギロチンにかけられたマリーのほうが憐れで……。 と、これが私が「ヴェラ・ドレイク」を劇場で鑑賞した時の感想でした。 昨年BSだかで観る機会があって見ると、今まで見えなかった心の襞が見えてきて……本当に私の一度きりの劇場鑑賞眼なんて、どこまで私自身、信じていいものやら… 監督:マイク・リー 製作:サイモン・チャニング=ウィリアムズ 製作総指揮:ゲイル・イーガン ロバート・ジョーンズ ダンカン・リード アラン・サルド 脚本:マイク・リー 撮影:ディック・ポープ 美術:イヴ・スチュワート 衣装:ジャクリーヌ・デュラン 編集:ジム・クラーク 音楽:アンドリュー・ディクソン 出演: イメルダ・スタウントン(ヴェラ・ドレイク) フィル・デイヴィス(スタン) ピーター・ワイト(ウェブスター警部) エイドリアン・スカーボロー(フランク) ヘザー・クラニー(ジョイス) ダニエル・メイズ(シド) アレックス・ケリー(エセル) サリー・ホーキンス(スーザン) エディ・マーサン(レジー) ルース・シーン(リリー)
by mchouette
| 2007-09-06 22:28
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