劇場に足を運んでまで観たい映画もないまま、リフォーム期間中の7月8月はほとんど映画から遠のいていた。
オルミ監督の「ポー川のひかり」は観たかったけど、仕事中でも睡魔と闘う日々の中、仕事帰りに観にいけば居眠りするのは必至だろうと、いつかシネフィルイマジカあたりが放映してくれることを願って劇場鑑賞はスルー。
あとご贔屓のシネヌーヴォーでは9月初旬にルキノ・ヴィスコンティの「イノセント」と「ルートウィヒ」の上映があったけれど、週末は家関係で電気屋さんとか園芸業者さんとの約束が入っていて観にいけず。これは残念だった。
9月に入ると寝そべって録画した映画をみる余裕もぼちぼちと出来てきた。いつの間にかベルの居場所になっていたソファーも張り替えて、今はまた私の居場所になってクッションを積み上げて映画三昧…というところまではなかなか。
私のあとをくっついて回っていたベルがいなくなると、静か過ぎて、この静かさが逆に画面に集中できないというのも不思議。
「ブラザーズ・グリム」
久々のギリー・テリアム監督作品でどんな面白い映画をと、いそいそと劇場まで見に行ったときはさほど面白さを覚えなかったけれど、その後WOWOWなどで放映されていて、観るほどになかなかに味のある面白さ。
劇場で観たときも、お伽ぎ話オタク出眼鏡をかけて臆病でまじめなグリム兄弟の弟役がどうみてもヒース・レジャーとは見えなくて、でも兄役のマット・デイモンと比べると柔軟なコメディ感覚と演技に表情があり、先日も観ていて彼の死は惜しいよなってつくづく思った。
私は美しい?
私の顔が~、顔が~。
鏡の女王を演じたモニカ・ベルッチがなかなか笑わせてくれる。
ゆるり系は基本的に苦手な私。
お疲れモードにはこんな作品が肩もこらずすこぶる面白く観れて楽しい。
「革命児サパタ」
エリア・カザン監督、ジョン・スタインベック脚本の1952年アメリカ映画。
20世紀初頭のメキシコ革命においてモレーロス州で戦っていた農民出身のエミリアーノ・サパタその人を描いた作品。
サパタを演じたマーロン・ブランドは20代の若さ。
1951年にヴィヴィアン・リーと共演の「欲望という名の電車」。次いで本作。1953年には「乱暴者」、1954年に「波止場」と続くんだ。
助演男優賞を受賞したサパタの兄を演じたアンソニー・クィーンも好演。
この頃の役者って存在そのものに重量感と重厚感となによりも人としての味が濃厚に漂っている。
NJHK・BS放映後のシネマ堂本舗で、山本晋也監督と渡辺俊雄が話していたけど、「ゴッドファーザー」とか「地獄の黙示録」のマーロン・ブランドしか知らない世代にはこの頃のマーロン・ブランドをみたら本当にびっくりするんでしょうねって話していたけど、私も観ていてそう思う。
マーロン・ブランドが演じたサパタ。
この時のマーロン・ブランドはいかにもメキシコ人といった風貌で他の作品の彼とは風貌も違う。これも役者としての演技なんだろうか。
裏切りにあい、屋根にずらりと並んだ兵士達の銃弾を蜂の巣のように浴びて射殺されるのだけれど、このシーンも凄い。
地面にうずくまったままの姿勢で銃弾を浴び、ピクリと一瞬身体が動く。
「俺たちに明日はない」のあの銃弾の雨も凄かったけれど、それよりも10年以上も前にエリア・カザンによって雨のように浴びせられる銃弾シーンが撮られていたんだ。
サパタの兄役のアンソニー・クィーンが革命終了後、すっかり自堕落になり仲間に射殺されるシーン。弟の名前を大声で呼んで地面に倒れ臥す。このシーンも絵になるなあ。
サパタや農民たちの台詞の一つ一つに彼らの思いが込められていて熱くなる。
最近観たソダーバーグ監督の「チェ・ゲバラ2部作」よりも本作の方が数段胸が熱くなる。
彼は生きている。
山で生きている。
農民たちが見あげた山にサパタの白い馬がすくっとたっている。
そんなラストの絵も感動してしまう。
込められた思いが伝わってくる。
革命ちゅうのは、やっぱ地べたからマグマのごとく沸き起こってこそなんだなぁ。
やっぱトップダウンよりボトムアップだよなぁ。
そんなことを思いながら観ていた。
そして純粋な思いは、政治という眼に見えない大きな力によって踏みにじられ歪められていく。
「人は変わったり、死んでいったりする。
自分たちの土地はお前たち自身が守り抜くんだ。」
この言葉が今の世の中をみていて切実に響いてくる。
「憎しみや怒りから、平和で穏やかな世界が生れるものだろうか?
私には判らない。
教えてくれ!」
平和と自由と自分たちの土地を取戻すために武器を持って闘うサパタに、仲間の一人がそう詰め寄るシーンがあった。そんな言葉の中に、後に共産党を離脱したエリア・カザンの心情が込められているんだろうか。
娯楽性もあって、手ごたえもあって、熱くなって、観ていて熱中させてくれるのが嬉しい。
1998年に、長年の映画界に対する功労にアカデミー賞の名誉賞を与えられたが、赤狩り時代の彼の行動を批判する一部の映画人からはブーイングを浴びたエリア・カザン。
私が観た彼の作品は「欲望という名の電車」 (1951)、本作「革命児サパタ」 (1952)、「波止場」 (1954)、
「エデンの東」 (1954)、「草原の輝き」 (1961)だけど、 エリア・カザンっていい映画撮ってるなって改めて思う。
「草原の輝き」なんて伝統とモラルを重んじる時代を背景にした若いカップルの悲恋を描いたものだけれど、今観ても時代感覚のズレは感じず、いつ観ても彼ら二人の悲恋に、ラストシーンには胸が締めつけられる。